AIガバナンス体制の構築とは?—最初の一年で整える実務ガイド(2025)

AIガバナンス体制構築の基本(目的・範囲・責任)
AIガバナンスの定義とスコープの決め方
AIガバナンスとは、AIの導入・開発・運用を管理するための「方針」「仕組み」「監督」を総称するものです。最初に決めるべきはスコープ(適用範囲)で、社外SaaSの利用、API連携、社内ホスト型(閉域環境)など、どこまでを対象とするかを明確にします。
利用区分は以下の3つに整理します。
標準利用(承認不要で利用可能)
申請必須(事前承認が必要)
禁止(利用不可)
対象は「入力データ」「出力物」「ログ」の3種類に分けて管理します。判断基準があいまいになりやすいため、一覧表を作成し、社内ポータルなどで常に参照できる状態にしておくと混乱が減ります。
リスク評価は「用途の影響度 × データの重要度」で大まかに行うと運用しやすく、採用や人事評価、医療、重大な取引判断などは高リスクとして個別審査に回します。一方で、要約や下書き、アイデア出しといった業務は標準利用に置き、スピードと統制の両立を図ります。
体制の全体像(取締役会〜現場)
ガバナンスの最上位は取締役会です。経営層がAIに関する基本方針とリスク許容度を定め、その下で実務を分担します。中心となる役割は以下の3つです。
情報管理:データ分類と持ち出し基準の策定
安全性評価:モデルやプロンプト、出力結果の安全確保
契約管理:データ利用条項や再委託契約の管理
この3つに加え、法務、セキュリティ、現場部門が横並びで参加する体制をつくります。意思決定の段階も明確にし、標準利用は現場で、申請必須は部門長と横断チームで、禁止事項は経営層で判断します。
曖昧な事例はFAQとして蓄積し、審査の結果はナレッジ化して再利用します。責任の所在は「誰がレビューし、誰が承認したか」が追跡できる記録として残し、異常時の指揮命令系統はシンプルに明文化しておきます。
方針・規程・手順の束の作り方
文書は「方針(ポリシー)→ 標準(スタンダード)→ 手順(プロシージャ)→ 様式(チェックリスト・申請票)」の階層構造で整理します。
方針:価値観や優先順位を示す
標準:具体的に求める状態を定義
手順:実務の流れを明示
様式:証跡を残すためのテンプレート
更新は四半期ごとのレビューを基本とし、重大事故や規制の改定があれば随時更新します。
例外承認は「期間・目的・データ範囲・代替策・責任者」を必須項目にし、台帳で棚卸しします。特例が常態化しないよう、期限前に自動通知を行い、再審査を必須とします。
出典:経済産業省『AI事業者ガイドライン(第1.1版)概要』PDF
2. AIガバナンス体制構築:法と規格の枠組み
日本の指針と関連法の押さえどころ
国内では、AI利用に関する包括的な指針が整備されつつあります。基本的な考え方は「開発・提供・利用の主体がそれぞれの役割で統制を担う」ことです。クラウドや再委託を含む場合は、データの行き先、保持・削除の条件、学習利用の有無を契約に明記することが求められます。
個人情報保護の観点では、国外移転や委託時の監督義務といった既存法令に適合することが前提です。社内規程に落とし込む際は、入力禁止情報、レビュー責任、ログ保存期間、ベンダー規約変更時の対応までを一連で定義します。判断が迷いやすいケースは事例集として整理し、問い合わせ先を一本化して意思決定を迅速にします。
国際規格と原則(ISO/IEC 42001・NIST・OECD)
国際規格は、社内の共通言語として機能します。
ISO/IEC 42001:AIマネジメントシステム(AIMS)の要求事項を定め、方針・責任・運用・監査・改善の循環を仕組み化
NIST AI RMF:リスク評価の枠組みを提供し、説明可能性・公平性・プライバシーなどを具体化
OECD AI原則:信頼できるAIの国際的な方向性を示し、各国政策の基盤となる
導入手順は「現状の棚卸し → ISO/IEC 42001で枠組みを設計 → NIST AI RMFでリスク運用を詳細化」と進めると無理がありません。社内の監査・統制の仕組みに国際規格の用語を合わせると、文書と実務の齟齬を減らせます。
EU AI Actへの向き合い方
EU AI Actは2024年8月に施行済みで、段階的に適用が進みます。禁止用途とAIリテラシーは2025年2月、高性能の汎用AI(GPAI)に関する義務やガバナンス規定は2025年8月、高リスクAIの多くは2026年以降が本格適用です。
域外企業でも、EU市場に関わるなら体制影響は避けられません。サプライチェーンのどこで『提供者(provider)』『展開者(deployer)』になるかで義務が変わるため、契約分担の見直しが早めに必要です。
展開者には、人による監督、入力データの適切性、ログ保全、リスク検知時の通報などの義務が課されます。社内では、EU向け案件の管理番号を振り、適用条項と体制の差分を追跡できるようにすると混乱が減ります。
出典:経済産業省『AI事業者ガイドライン(第1.1版)概要』
出典:METIプレス「New International Standard for AI Management Systems (ISO/IEC 42001)」
出典:ISO公式「ISO/IEC 42001」
出典:NIST「AI Risk Management Framework 日本語版」PDF
出典:OECD AI Principles(2019採択、2024年更新)
出典:European Commission「AI Act」概要・適用スケジュール
出典:解説サイト(条文対応)「Article 26: Obligations of Deployers of High-Risk AI Systems」
出典:ロイター「EUはAI法の実施スケジュールを堅持」
AIガバナンス体制構築:リスクの見立てと評価
リスク識別と評価の進め方
まず、ユースケースや利用データの種類(公開情報・社外秘・機密)、モデルの形態(汎用・専用・自社学習)、影響範囲(顧客・従業員・社会)を棚卸しします。
評価軸は「安全性・法令適合・プライバシー・公平性・セキュリティ・説明可能性」の6つ程度に絞り、低・中・高の三段階評価で十分です。
最初から細かく定量化しようとすると運用が回らなくなるため、まずはKPIで数値化しやすい部分から着手します。
審査の深さは案件ごとに変えます。標準利用は簡易チェックで済ませ、高リスク候補は横断チームで詳細レビューを行い、必要に応じて第三者評価を取り入れます。判断根拠と対応策はチケット化し、リリース条件と紐づけて管理すると追跡が容易です。
公平性・人権・バイアス対応
公平性を確保するためには、まず学習データや入力データに偏りがないかを点検します。そのうえで、出力結果における差異(例えば属性別の誤判定率)を継続的にモニタリングします。
完全に偏りをなくすことは難しいため、あらかじめ許容できる範囲と是正の方法を定め、問題が顕在化する前に調整できるようにします。
人権への影響は、採用・融資・医療のように個人の利益に直結する領域では特に重く扱うべきです。また「説明可能性」は実務上必要なレベルで確保し、ブラックボックスのまま意思決定を行わないという原則を徹底します。
セーフティ評価と運用監視
開発段階では、安全性・妥当性・セキュリティに関するチェックリストを作成し、モデル更新時には回帰テストで品質を維持します。
運用に入ったら、入力や出力の異常、外向き通信の急増、失敗率の上昇を監視対象にします。閾値を超えたら自動的にアラートを出す仕組みを作ることが重要です。
生成物を公開する前には必ずレビューを挟み、外部SaaSの規約変更で挙動が変わる場合には早期に影響調査を行います。評価・検証(TEVV)は開発者と独立させ、自己評価の偏りを避けることが望ましいです。結果はモデルカードに反映し、変更履歴とともに追跡可能な形に残します。
出典:NIST「AI Risk Management Framework 日本語版」PDF
出典:NIST「AI RMF」日本語版(公平性・説明可能性の特性)
出典:OECD AI Principles(人間中心・公平性の原則)
出典:NIST「AI RMF」日本語版(TEVVの位置付け)
AIガバナンス体制構築:審査・運用・記録
AI審査委員会と例外承認の設計
法務・セキュリティ・現場・データ責任者を含む横断的な審査委員会を設置し、申請票で共通の判断材料を集めます。申請票には以下の項目を必須にします。
利用目的
リスク内容
データの種類と保存/削除方針
運用担当者
代替策
判定は「承認・条件付き承認・保留・否決」の4種類に限定します。例外承認は期限付きとし、延長には再審査を義務付けます。
委員会の役割は「利用を止める場」ではなく「条件を付けて進める場」と位置づけ、判断理由や条件はテンプレ化した言葉で記録し、再利用できるようにします。
ライフサイクル管理(企画→開発→運用)
企画段階では、ユースケース、代替手段、期待効果、撤退条件を明確にします。開発段階では、データの来歴確認や権利処理、評価設計、セキュリティ対策を並行して進めます。
運用段階では、モデル更新、外部規約変更、脆弱性対応、インシデント対応のサイクルを回し、変更管理の記録を残します。特に高リスク案件では、ユーザー通知、人による監督、ログ保全を手順書に組み込みます。
EU案件では、AI Actの適用条項を図解に落とし込み、国内案件との差分を把握しやすくしておくことが重要です。
ドキュメントと記録(モデルカード等)
ドキュメントは「必要十分で読まれる長さ」に抑えることが肝要です。
モデルカード:目的、訓練データの来歴、限界点、評価結果、想定外利用への注意点を1枚にまとめる
データシート:収集元、前処理、制限、ライセンスを記載
審査記録:決裁者と条件、フォロー期限を明記し、監査対応できる形で保存
ログは「必要最小限の証跡化」を原則とし、個人情報や機密データを含む場合は短期保存と暗号化を徹底、削除実施の記録も残します。
出典:経済産業省「AI事業者ガイドライン(第1.1版)概要」PDF
出典:European Commission「AI Act」概要・適用スケジュール
出典:NIST「AI RMF」日本語版(説明責任・記録)
AIガバナンス体制構築:現場定着の仕組み
教育・周知・ロール別ハンズオン
教育は役割ごとに区分します。
全社員:入力禁止事項、レビューの基本、出典の明示方法
開発・運用担当:評価設計、ログ管理、インシデント対応
管理職:リスク許容度と例外承認の判断
30〜60分程度の短いハンズオンを定期的に繰り返し、FAQは社内ポータルで一元化します。
周知は「変更点」を重点的に伝えます。文書の版管理、通知方法、既読確認を仕組みに組み込み、改定の背景と現場の対応ポイントを簡潔に分けて示します。
KPIとメトリクスの置き方
KPIは「品質・安全・効率」の3本柱で設定します。
品質:根拠確認率、レビューの手戻り率
安全:インシデント件数、検知から封じ込めまでの時間
効率:工数削減、一次回答時間
四半期ごとに指標と目標を見直し、改善策とあわせて公表します。数値は収集するだけでなく、改善チケットに落とし込み、完了まで追跡します。成功事例は横展開し、再発防止策はテンプレ化して共有します。
ツールと自動化で支える運用
ツール選定は「見える化・守る・残す」の観点で行います。
見える化:利用量や外向き通信を監視するダッシュボード
守る:アクセス制御や送信先制限(egress control)
残す:監査ログや審査記録の自動保存
モデルレジストリや評価レポートの自動生成は更新漏れを防ぎます。EU案件では適用スケジュールに合わせた差分アラートを設定し、2025年・2026年の節目対応を確実にします。
また、GPAIに関するコード・オブ・プラクティスなど新たな基準が次々に公表されるため、定例で情報収集を担当する役割分担をあらかじめ決めておくことが望ましいです。
出典:ISO/IEC 42001(AIMSの継続的改善)
出典:METIプレス「ISO/IEC 42001の期待効果」
出典:European Commission「AI Act」スケジュール
まとめ(定着のコツ)
AIガバナンス体制の構築では、まずスコープと責任の分担を定め、方針・標準・手順の文書群を整備します。そのうえで、審査・運用・記録を同時並行で走らせることで体制は回り始めます。
国際規格は共通言語として活用し、リスク評価とKPIを軸に改善の優先順位を付けます。最後に、四半期ごとのレビューを通じて文書と運用を更新し続け、学びをナレッジとして蓄積していくことで、AIガバナンスを組織の「当たり前」として定着させることができます。
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