人事担当者必携!出向・派遣の受入れ「契約・運用」実務ガイド:法令対応からリスクチェックまで徹底解説

出向・派遣の違いをまず整理(定義・雇用関係・指揮命令)
出向とは何か:在籍出向の基本と法的根拠
まず「出向」ですが、ここで扱うのは典型的な「在籍出向」です。在籍出向とは、出向元と出向先の両方に雇用関係を持ちつつ、出向先の指揮命令下で一定期間働く仕組みを指します。つまり、雇用主が二重に存在する状態であり、日々の業務指示は出向先が行います。
厚生労働省のハンドブックでは、この在籍出向は「派遣」には該当しないことが明示されています。契約形態としては出向元と出向先の間で結ばれる「出向契約」で定義されるのが一般的です。また労働契約法14条では、出向命令の乱用を禁止する規定があり、会社の一方的な判断で不合理に出向を命じることがないよう歯止めがかけられています。
実務的には、就業規則への記載や社員本人の同意取得、出向期間や処遇、出向終了後の復帰の扱いを契約書に明記しておくことが重要です。これらを明文化しておくことで、後から「こんなはずではなかった」とトラブルになる可能性を大幅に減らせます。
派遣とは何か:三者関係と受入れの基本
一方で「派遣」は、派遣元と労働者の間に雇用関係があり、派遣先はその労働者に対して日々の指揮命令を行う三者関係の仕組みです。つまり、雇用責任は派遣元に残りつつ、業務上の指揮命令は派遣先が担います。
派遣を受け入れる企業(派遣先)は、派遣契約を結ぶ前に所定の要件を確認し、受け入れ後は安全衛生や就業環境の整備を行う必要があります。また、派遣先管理台帳の作成・保存、労働者への情報提供や苦情処理体制の整備など、派遣法で定められた数々の手順に従わなければなりません。
さらに請負契約との区別も非常に重要です。形式的に「請負」と呼んでいても、実態として発注者が労働者個人に直接指示を出している場合は「偽装請負」とされ、違法行為とみなされます。そのため、契約書上の形式だけでなく、現場での指揮命令系統や勤怠管理の実態にまで注意を払うことが欠かせません。
出向と派遣の判断ポイント(雇用関係・指揮命令・対価)
出向と派遣の違いを見分けるうえで大切なのは、①雇用関係がどこにあるか、②日々の指揮命令を誰がしているか、③賃金や費用負担の性質、の3点です。
在籍出向の場合、労働者は出向元・出向先の双方に雇用関係を持ち、指揮命令は出向先が行います。給与や賞与の負担については出向契約で按分し、どちらがどの割合を持つかを取り決めます。
これに対して派遣は、雇用関係は派遣元のみにあり、指揮命令は派遣先が行い、派遣先から派遣元へ支払われる「派遣料金」が対価となります。
重要なのは「契約書の形式」ではなく「現場の運用実態」です。たとえ契約書上は請負とされていても、発注者が労働者に直接指示しているなら、それは派遣とみなされ違法となる可能性があります。最終的な判断は契約書の文言だけでなく、勤怠管理や評価の仕組みなど、現場で残る証跡によって左右されるのです。
派遣受入れの契約実務(基本契約・個別契約・必須記載)
基本契約と個別契約:いつ・何を締結するか
派遣労働者を受け入れる場合、まず大枠を決める「基本契約」を派遣元と締結し、その後、実際に労働者を受け入れるごとに「個別契約」を締結します。
基本契約では、料金の支払い方法、秘密保持、安全衛生や苦情処理の責任分担など、すべての派遣取引に共通する条項を盛り込みます。個別契約では、業務内容、契約期間、就業場所、指揮命令者、派遣料金、労使協定方式か均等・均衡方式か、といった法定の必須記載事項を細かく定めます。
契約書式は、労働局や自治体、官公庁が公開している例を活用するのが効率的です。こうした雛形をベースにすると、法定項目の抜け漏れを防ぎつつ、自社向けに調整することができます。
個別契約の必須記載:法定項目を「型」で埋める
個別契約書には法律で定められた必須項目があります。具体的には、業務内容や権限の範囲、就業日・時間、就業場所、指揮命令者、苦情処理窓口、安全衛生上の措置、資格や免許が必要な業務への従事可否、契約解除時の取り扱いなどです。
労働局が公開している記入例では、法定必須項目が強調表示されていることが多く、チェックリストとして利用できます。実務では、権限や責任の範囲、代行体制といった点を言葉で補足して具体化しておくと、現場での解釈のズレを減らすことができます。
派遣受入れ時の義務と主要リスク(均等・均衡/安全衛生/みなし制度)
安全衛生と苦情処理:責任分担を契約に書き込む
派遣労働の仕組みでは、雇用契約上の責任は派遣元にありますが、実際に働く現場における安全衛生や職場環境の維持については派遣先の責任も明確に定められています。具体的には、派遣先は作業環境の安全管理、就業に必要な教育訓練、防護具の支給や就業制限資格の確認などを担う必要があります。
また、苦情処理の体制も重要です。派遣元と派遣先がそれぞれ苦情処理窓口を設け、連携しながら対応する仕組みを契約で定めておくことが求められます。契約書に「苦情処理に関する役割分担」「報告・通知の手順」まで明文化しておけば、実際にトラブルが生じた際も迅速に対応できます。
厚労省のガイドラインでは、安全衛生・苦情処理に関する分担表が整理されており、受入れ企業が自社の契約に落とし込む際のチェックリストとして活用できます。
同一労働同一賃金:均等・均衡方式/労使協定方式と情報提供
派遣先にとって見落としがちな実務ポイントが「同一労働同一賃金」への対応です。派遣先は、派遣元に対して比較対象労働者の待遇に関する情報を提供しなければなりません。ここでいう待遇とは、職務内容や責任の程度、配置転換の範囲、雇用形態、各種手当の水準や支給趣旨などです。
この情報提供は「均等・均衡方式」の場合だけでなく、「労使協定方式」を採用している場合でも必要です。派遣元は派遣先から得た情報をもとに待遇決定を行うため、情報が出てこなければ契約を結ぶこと自体ができません。
厚労省はQ&Aや様式例を公開しており、業務が複数部署にまたがる場合の比較方法や、省略可能な項目についても整理されています。派遣先が「情報提供を怠ったために契約できない」といった事態を避けるには、契約締結時にチェックリストを活用することが欠かせません。
違法時の“労働契約申込みみなし制度”を理解する
派遣契約が法律違反に該当した場合に大きなリスクとなるのが、「労働契約申込みみなし制度」です。具体的には、無許可派遣や禁止業務への従事、期間制限違反、偽装請負などにあたるケースでは、派遣先が派遣労働者に対して「同一条件の労働契約を申し込んだもの」と法律上みなされる制度です。
注意したいのは、みなされるのは「労働契約の申込み」であり、労働者が承諾した時点で契約が成立するという点です。つまり派遣先にとっては意図せず直接雇用のリスクを抱えることになります。
違反を防ぐには、禁止業務に該当しないか、抵触日の管理は正しくできているか、契約スキームが実態と一致しているか、といった観点を定期的に点検することが重要です。派遣契約は「形式」よりも「実態」で判断されるため、日常的に現場の運用と契約内容を突き合わせる仕組みを作っておくことが安全策になります。
出向(在籍出向)受入れの契約実務(条項・処遇・安全衛生)
出向契約の必須条項:当事者・期間・指揮命令・費用負担
在籍出向を受け入れる際にまず整えるべきは「出向契約書」です。厚労省が示す参考例をベースにすると、必要な条項を漏れなく整理できます。
典型的な出向契約には以下の内容が含まれます。
契約当事者の特定(出向元・出向先・対象労働者)
出向期間(開始日と終了日)
指揮命令権の所在と服務規律
勤務実績の報告方法
賃金・賞与・退職金の負担方法と精算手順
秘密保持や競業・副業の制限
契約解除・出向終了後の復帰のルール
紛争解決手続き
特に賃金については、出向元が支払って出向先から費用を回収する方式が一般的ですが、評価や昇格への反映については責任主体を曖昧にしないことが重要です。給与の負担と人事評価の責任がずれると、後々「誰が評価をするのか」「復帰後の処遇に反映されるのか」といったトラブルになりやすいため、契約段階で整理しておくことが欠かせません。
処遇・評価・復帰の設計:三者の役割を紙に落とす
在籍出向では、日常の業務は出向先で行われますが、人事評価や昇進昇格の判断を誰が行うのかは非常に重要な論点です。
例えば「出向先が業務を評価し、その評価を出向元にフィードバックする」「最終的な昇格判断は出向元が行う」など、役割分担を契約や規程に明記しておくと後の混乱を防げます。また復帰後の処遇についても、給与や職務内容をどの程度保障するのかを契約時に明確化しておくことが望まれます。不利益変更を避ける観点からも、出向命令の目的や期間の合理性を説明できるようにしておく必要があります。
労働契約法14条は、出向命令の権利濫用を禁止しています。したがって「出向させる目的が妥当か」「期間が合理的か」「対象者の選定は公正か」を説明できる状態を用意しておくことが、法令遵守とトラブル防止の両面で不可欠です。
労災・安全衛生・ハラスメント:責任の割付を明確に
在籍出向では、雇用関係が二重に存在するため、労災対応や安全衛生管理、ハラスメント対応における責任分担を契約で明確にしておかなければなりません。
たとえば、勤務中の安全指導や労災発生時の報告は出向先が担い、懲戒処分や最終的な雇用上の判断は出向元が行う、というように権限の線引きを明示しておきます。また安全教育や防護具の提供、衛生管理に必要な費用をどちらが負担するのかも契約書に盛り込むことが望ましいです。
出向は派遣とは異なり派遣法上の台帳や期間制限のルールは直接はかかりませんが、社員の安全や苦情対応については派遣と同じ温度感で対応することが求められます。受入れ先としては「形式上の違いはあるが、安全配慮や職場環境整備の責任は同等に重い」という意識で運用することが実務的です。
トラブルを防ぐ受入れ側の要点(偽装請負/期間制限/責任者)
二重派遣・偽装請負を避ける契約・現場運用
派遣や出向の受入れ契約で最も大きなリスクのひとつが、現場で「偽装請負」や「二重派遣」に陥ってしまうことです。契約書の形式が請負であっても、実態として発注者が労働者個人に直接指示を出していれば、それは派遣とみなされます。これが「偽装請負」であり、違法行為です。また派遣された労働者をさらに別の企業へ回す「二重派遣」も、職業安定法違反に該当します。
実務では「契約書のタイトルよりも現場の実態」が優先されます。指揮命令系統や勤怠管理、評価権限、PCアカウントの発行権限など、日々の業務運用を契約と照らし合わせて確認することが必要です。迷う場合は、労働局が公開しているガイドやQ&Aを参考にセルフチェックを行うことが予防策になります。
期間制限の管理と抵触日運用
派遣労働には「受入れ可能な期間」の上限が設けられています。事業所単位の制限や個人単位の制限があり、これを超えて受け入れると「労働契約申込みみなし制度」のリスクが発生します。
この期間制限を管理するために重要なのが「抵触日」です。派遣元は抵触日を通知する義務がありますが、派遣先でも社内カレンダーなどで管理し、二重にチェックする体制が求められます。抵触日の数か月前には人員計画を見直し、直接雇用への切り替えを検討するなど、先を見越した対応が欠かせません。
派遣先責任者・指揮命令者の選任と教育
派遣先は、法令で定められた「派遣先責任者」を選任しなければなりません。これは派遣法第41条に規定されている要件であり、必ず派遣先の社員から選ぶ必要があります。派遣労働者自身を指揮命令者にすることはできません。
選任後は、責任者講習や法令知識を習得させ、安全衛生、苦情処理、ハラスメント対応などの知識を備えさせることが大切です。さらに、社内FAQやマニュアルを作成して「責任者の役割」「指揮命令者の範囲」「罰則の有無」などを周知しておくと、担当交代があっても実務が安定して回る仕組みになります。
まとめ:出向・派遣の「受入れ契約」は“現場運用”から逆算する
出向と派遣の受入れ契約を整理すると、両者の最大の違いは「雇用関係の所在」と「指揮命令の構造」です。まずはこの根本を押さえたうえで、派遣については基本契約と個別契約を正しく整え、均等・均衡方式や労使協定方式への対応、安全衛生・苦情処理の分担、派遣先管理台帳や抵触日管理といった“現場で使う書類”を整備することが肝になります。
一方の出向については、賃金・評価・復帰のルールを契約で明確にし、権限線引きを図面化することで、後のトラブルを未然に防ぐことが可能です。偽装請負や二重派遣、期間制限違反は「みなし制度」に直結する大きなリスクとなるため、常に契約文言と現場実態が一致しているかを点検する意識が欠かせません。
結局のところ、受入れ契約を機能させるカギは「形式ではなく運用」にあります。契約を現場のオペレーションに落とし込み、担当者が入れ替わっても回せる仕組みを整えることが、企業にとっても労働者にとっても安心につながります。
出典:厚生労働省「“基本がわかる”ハンドブック(在籍型出向)」
出典:e-Gov法令検索「労働契約法 第14条(出向)」
出典:厚生労働省「出向契約書の参考例」
出典:厚生労働省「労働者派遣事業について」
出典:厚生労働省「労働者派遣・請負を適正に行うためのガイド」
出典:長崎労働局「出向の進め方」
出典:千葉市「労働者派遣基本契約書」
出典:茨城労働局「派遣事業関係書類記入例」
出典:山口労働局「労働者派遣契約書(個別契約)記載例」
出典:厚生労働省「労働者派遣事業関係業務取扱要領(第7 労働者派遣契約)」
出典:茨城労働局「派遣先管理台帳 記入例」
出典:山口労働局「派遣先管理台帳 記載例」
出典:兵庫労働局「派遣労働者を受け入れるにあたって(第1部)」
出典:厚生労働省「派遣労働者の同一労働同一賃金について」
出典:厚生労働省「派遣先均等・均衡方式に関するQ&A」
出典:東京都「比較対象労働者の待遇情報の提供(解説)」
出典:厚生労働省「労働契約申込みみなし制度の概要」
出典:内閣府「労働契約申込みみなし制度」
出典:厚生労働省「出向契約書(参考例)」
出典:厚生労働省「二重派遣は派遣法違反ですか」
出典:厚生労働省「労働契約申込みみなし制度について」
出典:厚生労働省「派遣先責任者講習」
出典:テンプスタッフ「派遣法の指揮命令者とは?」
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