人的資本レポート事例 2025の読み解き方 —— “数字+物語”で伝わる開示に

人的資本レポート事例 2025の読み解き方 —— “数字+物語”で伝わる開示に
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2025年は、人的資本の開示が一段と進化した年です。政府方針やSSBJ(日本のサステナビリティ基準委員会)の基準が整い、企業は「どこまで書けばよいか」が明確になりました。 金融・製造・医薬・ITなど幅広い業種で、人的資本レポートが単なる数値の羅列ではなく、“戦略とKPIを結びつけた物語”として示され始めています。本稿では注目企業の事例を比較し、投資家が求める「戦略と数字の一貫性」をどう作るかを解説します。さらに、定義書(データ辞書)や範囲の明示、PDFとWebの併用といったすぐ使える工夫も紹介します。

2025年の人的資本レポート事例の全体像

2025年に人的資本レポートが増えた背景

2025年は、有価証券報告書における“好事例”が金融庁から最終版として公開され、企業が参考にできる「型」が揃いました。その結果、人的資本レポートを自主的に発行する企業が増えています。統合報告書やサステナビリティ資料では十分に説明できないKPIや施策を、独立したレポートにまとめる動きが強まりました。

さらに政府の実行計画でも「人的資本」「賃上げ」「人材投資」が重視され、社内で開示の必要性を説明しやすくなったのも背景のひとつです。こうした環境整備により、各社は迷わず章立てを作り、優先すべきKPIを決めやすくなっています。

投資家が見る“戦略とKPIのつながり”

投資家は単なる数値を求めているわけではありません。企業の経営戦略から人材戦略へ、さらに採用・育成・配置・定着といった具体的なKPIへとストーリーが通っているかを確認します。加えて、指標の定義や範囲が本文に明記され、年次比較や他社との比較が可能かどうかも重要です。

さらに、KPIが未達となった場合に、その要因と改善計画まで記載されているかどうかで、投資家の信頼度が変わります。金融庁の好事例集が示す「方針→指標と目標→進捗」の流れは、初めてレポートを作る担当者にとっても頼りになる“型”といえます。

基準・指針の動き(SSBJ・好事例・ガバナンス)

2025年3月、SSBJ(サステナビリティ基準委員会)が日本初となるサステナビリティ開示基準を公表しました。さらに8月にはISSB(国際サステナビリティ基準審議会)との整合を考慮した補足文書も公開され、人的資本の位置づけがより明確になりました。

人的資本は横断的テーマとして扱われ、ガバナンス・戦略・リスク管理・指標という枠組みに沿った説明が求められます。また、コーポレートガバナンス・コードの多様性原則も引き続き重視され、測定可能な目標と進捗の提示が投資家から期待されています。こうした制度の動きを把握しておけば、社内レビューや経営会議での承認もスムーズになります。

出典:金融庁「記述情報の開示の好事例集 2024(最終版)」
出典:内閣官房「新しい資本主義 実行計画 2025年改訂版」
出典:SSBJ「サステナビリティ開示基準の公表補足文書」  
出典:東証「コーポレート・ガバナンス白書2025(データ編)」

金融・保険の人的資本レポート 事例 2025

みずほFG:文化変革と共通人事制度「かなで」

みずほフィナンシャルグループは「人的資本レポート2025」で、文化変革と人材基盤強化を大きな柱としました。特に注目されるのが、グループ共通の人事制度「かなで(CANADE)」の導入です。

トップメッセージから人材ポートフォリオ、育成・配置の施策までが一貫して説明され、各KPIには定義と範囲が添えられています。和英両言語での発行は、海外投資家を強く意識した工夫であり、初めてレポートを作成する企業にとっては、章立てや定義の書き方の良い参考事例となります。

第一生命HD:二年目で“面”を広げたKPI設計

第一生命ホールディングスは、二年目の人的資本レポートでKPIを大幅に拡充しました。適材適所の実現、エンゲージメント、女性活躍、男女間賃金差、健康経営といったテーマを“面”でカバーし、人材に関する幅広い施策を整理しています。

さらに、グループHRガバナンスや人材委員会の仕組みまで踏み込み、体制とKPIがどうつながっているかを追いやすい構成にしています。特に、連結範囲や海外拠点の扱いを注記で明確にした点は、評価者からの信頼を得やすく、年次比較の正確性を担保する工夫です。

東京海上HD:人材投資とガバナンスを一体で提示

東京海上ホールディングスは「Human Capital Report 2025」で、人材投資と文化づくりをガバナンスと組み合わせて提示しました。事業戦略との接続を冒頭で明示し、各章ではKPIと施策が対応づけられています。

さらに、数値にとどまらず、将来像や改善サイクルを文章で補足しているため、読み手は数字の意味を理解しやすくなっています。保険事業を「人に依存するビジネス」と位置づけ、開示全体を貫いている点も大きな特徴であり、他業種でも参考にできる構成です。

出典:みずほFG「人的資本レポート2025」
出典:第一生命HD「人的資本レポート2025」
出典:東京海上HD「Human Capital Report 2025」

製造・インフラの人的資本レポート 事例 2025

東京電力HD:再配置とスキル転換の見える化

東京電力HDは初めての人的資本レポートを発表し、事業再編や新規事業への取り組みに合わせた「人材の再配置」と「スキル転換」を重点テーマに据えました。現場の安全や保安を守りながら、人材育成とキャリア転換をどのように進めているかを丁寧に説明しています。

また、健康、働き方、エンゲージメントといった基本的なKPIも網羅し、会社全体の方向性を示しています。レポート本文では、SSBJが定める4要素(ガバナンス・戦略・リスク・指標)の枠組みに沿って記述する姿勢を明記しており、制度の動きとの接続がわかりやすい構成です。大規模組織で変化を進める際の参考事例といえます。

三井物産:D&Iと人事データブックの使い分け

三井物産は、人的資本レポート2025を専用の特設ページとして公開しました。CEO・CHROからのメッセージ、人材投資と企業価値の相関、施策とKPI、さらに人事データブックといった複数の資料を分けて提示するスタイルを採用しています。

これにより、読者は「経営の考え方を知りたい人」「データを深掘りしたい人」など、それぞれの関心に応じて参照できます。

特にD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)については意思決定プロセスを丁寧に説明し、エンゲージメントの扱いも具体的です。レポートPDFとWebページを組み合わせたハイブリッド運用は、検索性と更新性を兼ね備え、投資家や従業員双方への説明力を高めています。

NECソリューションイノベータ:Well-beingの指標化

NECソリューションイノベータは、働きがいと生産性を両立させるため「Well-being」と「ジョブ型人事」を連動させた独自の開示を行いました。取り組みの柱ごとにKPIを設定し、横断的なワーキンググループで改善を繰り返すプロセスを公開しています。

さらに、PDF版だけでなくダイジェスト資料や英語版も用意し、多様な読者層に対応しています。レポートには「何を、誰に、どう伝えるか」という制作側の意図が明確に反映されており、社内説明資料やIRでの説明にそのまま活用しやすい構成になっています。人的資本のテーマを“働きがい”にまで広げた好例です。

出典:東京電力HD「人的資本レポート2025」
出典:三井物産「人的資本レポート2025」 
出典:NECソリューションイノベータ「人的資本レポート2025」

医薬・IT・サービスの人的資本レポート 事例 2025

エーザイ:専門人材の育成とEX(従業員体験)の接続

エーザイのHuman Capital Report 2025は、製薬企業ならではの専門性を反映し、研究開発やグローバル展開を担う専門人材の育成に重点を置いています。同時に、従業員体験(EX)を高める取り組みとして、エンゲージメントや健康経営のKPIを整理しました。

前年からの改善点や新規取り組みを具体的に明示している点も特徴です。また、社外の声を反映したアップデートであることを強調し、透明性と実効性の両立を意識しています。IRサイトやプレスリリースと内容が一貫しており、初めて目にする投資家でも全体像を理解しやすいレポートになっています。

電通総研:人材KPIを事業計画と同じ土俵に置く

電通総研は人的資本レポートで、人材関連のKPIを「事業計画」と同じ枠組みに置いて開示している点が大きな特徴です。研修体系や受講率といった数値を、財務的な投資や事業成長計画と並列で示すことで、人材投資を経営戦略の一部として位置づけています。

これにより、人的資本への投資が「コスト」ではなく「成長を支える投資」であることが、読み手に伝わりやすくなります。さらに、統合報告書の告知と連動して公開され、英語版も準備されているため、海外投資家への説明にも対応可能です。社内外の合意形成に効果的な一例といえるでしょう。

パーソル:グローバル整合と独自指標の両立

パーソルは、Human Capital Report 2025を日本語と英語の両方で公開し、グローバル整合性を重視した人材KPIを提示しました。その一方で、従業員体験(EX)に関する独自の指標を導入し、事業成果と接続させているのが特徴です。

具体的には、時系列での改善状況を明記し、国内外の投資家に対して説明責任を果たしています。さらに、IRライブラリから簡単にアクセスできる導線を用意しており、利用者の利便性を高めています。海外投資家との対話を強化したい企業にとって、表現の粒度や注釈の置き方を学べる事例です。

出典:エーザイ「Human Capital Report 2025(発表)」
出典:電通総研「Human Capital Report 2025」
出典:PERSOL「Human Capital Report 2025」

作成の実務:2025年版チェックリスト

KPI定義と“範囲・分母分子”の固定

KPIは定義が曖昧だと比較や説明ができません。そこで、各指標について「定義・分母分子・対象範囲・算出頻度・データ源・責任者」を明記した定義書(データ辞書)を作るのが基本です。特に、連結か単体か、国内か海外か、正規か非正規か、在籍数か期中平均かといった論点は本文と注釈で固定しておきましょう。

さらに、未達時には「要因」と「次の打ち手」をセットで説明することで、投資家の理解が早まります。制度面ではSSBJが定める4要素に沿った章立てを意識し、金融庁の好事例が示す「方針→指標・目標→進捗」の流れを踏襲すると、実務で迷いが減ります。

HR・勤怠・会計データの連携と証跡

人的資本KPIは、人事システム、勤怠管理、給与、会計といった複数のデータソースから作られます。抽出条件をテンプレート化し、月次集計と四半期レビューのリズムを組むと、集計の信頼性が高まります。

さらに、元データとの突合記録(誰が・いつ・どの条件で抽出したか)を残すと、監査や第三者の確認に耐えられる開示が可能です。先行事例では、PDF本文に「範囲や算出式」を直接記載し、英語版やWebでの補足を加える方法が多く見られます。PDFの安定性とWebの更新性を併用することで、社内運用と社外説明の両立が実現します。

PDF+Webの編集と見せ方

PDFとWebにはそれぞれ役割があります。PDFは体系的な章立てと目次、索引で探しやすく、監査や保存に適します。一方、Webは最新情報の差し替えやFAQ対応に向いています。

特設ページを用意し、「メッセージ」「施策とKPI」「人事データブック」といった三層構造に分けると、読者は自分に合った入口からアクセスできます。英語版PDFやダイジェスト冊子を準備することで、海外投資家や社外の幅広いステークホルダーにも届きやすくなります。先行企業のレイアウトやナビゲーションを観察し、自社の情報量に合わせてカスタマイズするのが効果的です。

出典:SSBJ「サステナビリティ開示基準の公表補足文書」 
出典:金融庁「記述情報の開示の好事例集 2024(最終版)」
出典:みずほFG/東京海上HD/NECソリューションイノベータ 各社レポート(本文参照)

まとめ

2025年の人的資本レポート事例を振り返ると、共通点は「戦略・ガバナンス・KPI・実績を一つの物語としてつなげる姿勢」です。各社は定義書を整備し、数字の土台を固め、年次比較や外部比較を可能にしました。未達のKPIについても要因と改善計画を開示し、投資家との信頼関係を築いています。

さらに、PDFとWebを役割分担させ、英語版やダイジェストを用意することで、多様な読者に対応する工夫も広がっています。制度や好事例を“型”として活用し、同業他社の章立てをベンチマークにすれば、初めての担当者でも筋の通った開示が可能です。最後に重要なのは「数字だけではなく、なぜその投資を続けるのか」という企業の物語を伝えること。人的資本レポートは、その物語を数字と一緒に描き出すツールへと進化しています。

カテゴリー:人事・労務

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