ビジネス初心者でもわかる「スキルベース人事の制度」——採用・評価・賃金・学習を一つの物差しでつなぐ

スキルベース人事の制度とは(背景と基本)
スキルベース人事の制度の定義とねらい
スキルベース人事は、実務で発揮されるスキルを軸にして、採用・評価・賃金・学習を設計する枠組みです。従来の学歴や在籍年数に依存した仕組みでは、配置の柔軟性や異動の説得力が弱まりやすい課題がありました。スキルという共通言語を軸にすれば、要件・育成・評価・賃金が一本線でつながり、説明の根拠も揃います。
世界的にも“skills-first”の流れが強まっており、将来の職務変化にも耐えられる採用や配置が議論されています。OECDのレポートでも「スキル重視」の潮流が整理され、国際機関や企業でも具体的な導入が進んでいます。日本でも人的資本の開示強化が進むなか、スキルを共通軸に置くことで、育成投資の成果を示しやすく、有価証券報告書の人材関連記述とも整合をとりやすくなっています。
出典:OECD「Skills Outlook 2023」
出典:World Economic Forum「Skills-based hiring…」
出典:金融庁「サステナビリティ情報の開示に関する特集ページ」
出典:金融庁 資料(2025/07/17)
国内外の動向と関連制度(人的資本開示・スキル標準)
2023年3月期から、有価証券報告書には「サステナビリティに関する考え方及び取組」の開示が義務化されました。男女間賃金差や女性管理職比率の公表が求められ、賃金や登用の根拠を整理する動機にもなっています。スキルベース制度はこうした開示要件と親和性が高く、戦略と指標を一貫させやすいのが実務上のメリットです。
また政府は「人的資本可視化指針」やスキル関連の施策を提示しており、原則主義のもと各社の事情に応じた運用を想定しています。スキル定義や評価の透明性を高める方向性は、スキルベース人事制度の考え方と非常に相性がよく、導入を後押しする枠組みとなっています。
出典:金融庁「サステナビリティ情報の開示」
出典:内閣官房「人的資本可視化指針」
スキル標準とのつながり(DSS・Job Tag・SFIA)
スキルベース人事をゼロから構築する必要はなく、既存の公的・準公的標準を活用できます。たとえば、DX領域では「デジタルスキル標準(DSS)」、職務情報は厚労省の「Job Tag」、デジタル職種の国際フレームでは「SFIA」が代表的です。これらを社内の呼称と対応させることで、求人票・評価基準・学習タグの整合性が取りやすくなり、運用コストを下げられます。
標準は定期的に更新されるため、自社制度も改訂を前提にすると硬直化を防げます。特にデジタル関連は変化が速いため、半年〜1年ごとの棚卸しを習慣化することが安定した制度運用につながります。
出典:経産省「デジタルスキル標準」
出典:IPA「デジタルスキル標準」
出典:厚労省 Job Tag
出典:SFIA 9
スキルベース人事 制度の設計(コンセプトと進め方)
適用範囲と粒度の決め方
スキルベース人事を導入する際は、まず「どの領域から始めるか」を明確にすることが重要です。たとえば中途採用の要件統一、若手社員の育成、専門職の評価制度見直しなど、目的ごとに優先順位をつけると進めやすくなります。
スキルの粒度(細かさ)は「現場で判定できる単位」に揃えるのが基本です。似た表現は統合して、冗長さを避けます。また、社内の用語とDSSやJob Tagなど公的標準の語彙を対応づけた「マッピング表」を作ると、採用・評価・学習の場面で同じ言葉を使えるようになり、ブレを防げます。
定義文は「行動+対象+条件」の形式で短く書き、誰が見ても判断できる内容にします。曖昧な表現は評価のばらつきにつながるため、用語集や否定例(やってはいけない行動例)も添えると実務で迷いにくくなります。標準の表現をそのまま使うより、自社の実例に合わせて軽く言い換える方が現場に馴染みやすい点もポイントです。
出典:経産省/IPA「デジタルスキル標準」
出典:厚労省 Job Tag(スキル・知識検索)
等級・職務・スキルの関係(職務給との接続)
スキルベース人事といっても、スキル単独で制度を作るのではなく、等級や職務と「二階建て構造」で設計するのが現実的です。
等級:役割の幅や期待成果を示す
職務:責任や難易度を表す
スキル:実行力や専門性の中身を具体化する
この三つを組み合わせると、制度に整合性が出ます。賃金は職務給を基礎にしつつ、スキルレベルの到達度で幅を調整する方法が運用しやすいです。この方式なら昇給や登用の説明も通りやすく、透明性が高まります。
役割の変化や責任の増加は「職務等級」で、業務遂行のやり方や専門性の成長は「スキル」で扱うと、会議での議論も整理されやすいです。デジタル職種では、SFIAのレベル定義が「期待値を揃える」際の有効な参照軸になります。厚労省の手引きや職務評価マニュアルも、制度設計の用語や進め方を整理するのに役立ちます。
出典:厚労省「職務給の導入に向けた手引き」
出典:厚労省「職務評価を用いた基本給の点検・検討マニュアル」
出典:SFIA 9
ガバナンスと改訂プロセス
スキル辞書は「作って終わり」ではなく、運用と更新を前提に管理する必要があります。変更窓口(オーナー)を明確にし、追加・統合・名称変更のルールを文書化しておきましょう。改訂はチケット管理にし、影響のある求人票や評価シート、学習コンテンツに自動通知が届く仕組みを作ると、現場の混乱を防げます。半年〜1年に一度、外部標準の更新時期に合わせて棚卸し会議を行うのが望ましい運用です。
また、人材戦略や開示要件との連動も不可欠です。有価証券報告書では「戦略・指標・目標の関係性」が問われるため、スキル定義の更新履歴と評価・登用・学習のKPI変化をリンクさせて管理すると、社内外への説明が簡潔になります。制度そのものを「透明性の高い仕組み」として示すことで、投資家や従業員からの信頼性も高まります。
出典:SFIA 9 リリースノート
出典:金融庁「サステナビリティ情報の開示」
スキルベース人事 制度の賃金・評価(職務給・同一労働同一賃金)
職務給とスキルレベルの組み合わせ
スキルベース人事制度では、賃金を「職務給」と「スキルレベル」の組み合わせで決める設計が効果的です。職務給は「その仕事が持つ価値」を基礎とし、スキルレベルは「同じ職務の中でどの程度熟達しているか」を示します。たとえば、同じエンジニア職でも、基本的なコーディングだけできる人と、大規模システムをリードできる人では期待値が異なります。職務給で基盤をそろえつつ、スキルレベルで帯域を調整することで、賃金の透明性と納得感を両立できます。
評価においては、抽象的な表現ではなく「観察できる行動」や「成果物の確認」によって判断するのが重要です。行動事例(コンピテンシー)をスキル定義に含めることで、評価者間のばらつきを抑えられます。さらに「否定例(これはスキル未達)」や「境界例(到達の可否が分かれる事例)」を入れておくと、昇給・昇格会議での認識齟齬を防げます。
出典: 厚労省「職務給の導入に向けた手引き」
出典: 厚労省「職務評価を用いた基本給の点検・検討マニュアル」
同一労働同一賃金との整合
スキルベース人事の仕組みは「同一労働同一賃金」の考え方とも相性が良い制度です。雇用形態に依存せず、仕事内容とスキルの定義に基づいて待遇を決めるため、不合理な賃金格差を防ぎやすいというメリットがあります。
厚労省の「同一労働同一賃金ガイドライン」では、待遇差を避けるための原則や具体例が示されています。ここで大切なのは「なぜその賃金水準になったのか」を説明できる仕組みです。職務とスキルの定義を明確にしておけば、賃金や手当の妥当性を投資家や従業員に説明しやすくなります。
また、役職手当や特殊技能手当を設ける際には「対象職務は何か」「必要スキルはどのレベルか」を明示し、確認方法まで決めておくと紛争防止につながります。ガイドラインが促す「事例ベースの説明」は、社内規程と評価表を整合させるうえで有効です。
出典: 厚労省「同一労働同一賃金 特集ページ」
出典: 厚労省「同一労働同一賃金ガイドライン」
市場水準の把握とデータの使い方
スキルベース人事制度を運用するには、自社内だけでなく「市場の水準」と比較することが不可欠です。たとえば、厚労省が実施している「賃金構造基本統計調査」は、産業・職種・企業規模ごとの賃金水準を網羅的に示しています。この統計をスキル定義や職務区分と対応づければ、社外水準との比較が容易になり、制度の妥当性を担保できます。
統計は年次更新のため、見直しのタイミングを制度の棚卸し時期と合わせると効率的です。特に人材獲得競争が激しい専門領域では、四半期ごとの採用実績や内定辞退率もあわせてモニタリングすると、昇給や採用条件の調整をタイムリーに行えます。経済団体の年次レポートを参照することで、春季交渉や業界全体の賃金動向も把握しやすくなります。
出典: 厚労省「賃金構造基本統計調査(2024)」
出典: e-Stat「賃金構造基本統計調査」
出典: 経団連「Annual Report 2024」
スキルベース人事 制度の運用(採用・育成・配置・開示)
スキルベース採用と求人票設計
スキルベース人事の実務で最初に効果が表れるのが「採用」です。求人票を従来の「職務名だけ」から「具体的なスキル+レベル」に変えると、応募者が自分の強みを照らし合わせやすくなります。たとえば「営業職」ではなく「提案設計(顧客課題を構造化し、合意形成するスキル)」と書くことで、対象人材が広がり、異業種からの採用も期待できます。
選考では、定義されたスキルを行動事例とセットで確認し、観察可能な証拠に基づいて合否を判断します。採否の根拠を記録に残すと、評価者間のブレを抑え、再現性のある採用が可能です。さらに、国際機関や大手プラットフォームも“skills-first”の潮流を支持しており、異業種人材を採用する際の説得材料になります。
出典: OECD「Skills Outlook 2023」
出典: World Economic Forum「Skills-based hiring…」
学習・リスキリング連動(DSS・ツールキット活用)
スキルベース制度は「学習」と結びつけて初めて効果を発揮します。特にDSS(デジタルスキル標準)は、全社員向けに求められる基礎リテラシーと、DX推進人材に求められる専門スキルを明示しており、研修や学習プログラム設計の基盤に適しています。学習管理システム(LMS)にスキル辞書を組み込めば、修了後にスキルプロファイルが自動更新され、次に学ぶべきコースを提示できる仕組みも構築できます。
また、国際機関(WEF)が公開しているツールキットは、導入の段階や役割分担、失敗しやすいポイントを体系的に整理しており、社内で説明資料を作成する際の強力なサポートになります。国内では金融庁が求める人的資本開示とも整合するため、学習施策と開示を“同じ言葉”でつなげやすい点も実務上の利点です。
出典: 経産省「デジタルスキル標準」
出典: IPA「デジタルスキル標準」
出典: WEF「Global Skills Taxonomy Adoption Toolkit」
出典: 金融庁「サステナビリティ情報の開示」
HRシステム連携と開示対応
スキルベース制度を継続的に運用するには、システム間の連携が欠かせません。HRIS(人事基幹システム)、ATS(採用管理)、LMS(学習管理)、BI(分析ツール)すべてに共通のスキル辞書を配布し、更新は中央で一元管理するのが基本です。システムごとに独自の語彙が追加されると、評価や賃金との整合が崩れるため、読み取り専用での運用が推奨されます。
BIダッシュボードでは「スキル在庫」と「スキル需要」を並べて可視化し、採用・異動・学習の優先順位を一画面で共有できます。さらに、有価証券報告書などの人的資本開示は「戦略と指標の関係性」が重視されるため、辞書の更新履歴とKPIの変化をリンクさせる運用が有効です。外部フレーム(DSS、Job Tag、SFIA)の参照IDを保持し、改訂時には旧定義と新定義の対応表を残すことで、社内外への説明責任も果たせます。
出典: 金融庁「サステナビリティ情報の開示」
出典: SFIA 9
スキルベース人事 制度の注意点(細分化・公平性・KPI)
過度な細分化とブラックボックスの回避
スキルベース制度では、辞書の細分化が進みすぎると運用が難しくなります。項目を増やしすぎると、入力や維持に膨大な手間がかかり、現場が使わなくなる恐れがあります。そのため、まずは重点職務に限定して100〜200程度のスキルから導入し、運用の中で効果を確かめながら徐々に広げるのが現実的です。
また、AIを使ってスキルを自動タグ付けする場合も、判断根拠を必ず記録に残す必要があります。評価ルールやスコアの範囲を開示し、説明可能性を担保することで、納得感の高い制度運営につながります。国際的なガイドラインでも「段階的導入」「説明可能性」「適正な粒度」が強調されており、やりすぎず不足しない設計が重要です。
出典: WEF「Global Skills Taxonomy Adoption Toolkit」https://www.weforum.org/publications/global-skills-taxonomy-adoption-toolkit-defining-a-common-skills-language-for-a-future-ready-workforce/
公平性・バイアス対策
スキル定義には知らず知らずのうちに偏りが混ざることがあります。性別や年齢を想起させる表現を避け、誰でも観察できる行動ベースで定義することが公平性を担保する第一歩です。また、評価者の訓練や匿名化の工夫を取り入れることで、スキル評価における主観の影響を減らせます。
国際機関の報告では、「skills-first」アプローチは雇用市場における透明性向上や、多様な人材の活躍促進につながると整理されています。さらに、厚労省の「同一労働同一賃金」ガイドラインと接続させることで、待遇差の説明責任を果たせます。スキル定義の偏りを定期的に点検し、改訂履歴を残す仕組みを導入すると、ガバナンスの質も向上します。
出典: OECD「Skills-first approach」
出典: 厚労省「同一労働同一賃金」
効果指標の設計と検証
スキルベース人事の効果は、具体的な指標で検証することが大切です。採用面では「採用までの日数」「一次面接通過率」、配置では「充足率」「内製登用率」、学習では「修了率」「再現テストの合格率」などを設定します。これらを継続的に測定することで、制度が実際に成果につながっているかを確認できます。
また、賃金の妥当性を評価するには、厚労省の「賃金構造基本統計調査」や e-Stat の公的データと、自社の入社時給与や昇給実績を比較することが有効です。辞書改訂とKPIの変化をひも付け、制度改善の効果をダッシュボードで可視化すると、投資家や社内への説明も容易になります。さらに、金融庁が求める人的資本開示では「戦略と指標の一貫性」が重視されるため、スキルベース制度と開示を統合的に運用することが望ましいです。
出典: 厚労省「賃金構造基本統計調査」
出典: e-Stat「賃金構造基本統計調査」
出典:金融庁「サステナビリティ情報の開示」
まとめ
スキルベース人事の制度は、従来の「職務名」や「学歴」ではなく、“できること(スキル)”を共通の物差しとして人事制度全体をつなぐ仕組みです。採用・評価・賃金・学習を同じ言葉で整理することで、配置や育成のスピードが上がり、組織の柔軟性と説明責任が高まります。
導入の第一歩は、範囲を絞り、既存の標準フレーム(DSS、Job Tag、SFIAなど)を土台に、自社の用語や実務と対応づけることです。賃金制度では職務給を基礎に、スキルレベルの到達度で細かい差を調整し、同一労働同一賃金の考え方とも整合させます。
制度は作って終わりではなく、半年から年1回の定期的な見直しが必須です。スキル辞書を軽量に保ちながら改訂を繰り返し、更新履歴を残して透明性を確保します。そして、KPIと人的資本開示を一つの「絵」として結びつけることで、社内の合意形成が早まり、投資家や外部への説明もスムーズになります。
つまり、スキルベース人事は「小さく始めて、継続しながら磨く」制度設計が成功の鍵です。形式的な仕組みではなく、実際に使われる仕組みに育てることが、持続的な競争力と人材戦略の強化につながります。
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