リスキリング成功事例とは?―国内外の事例をご紹介

リスキリング成功事例とは?―国内外の事例をご紹介
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リスキリングの成功事例を俯瞰し、実際に成果につながった“効く”打ち手を整理しました。成功事例の共通点は、①経営と結びつける、②学ぶ時間を担保する、③配置や異動とセットにする、という3点です。 国内大手の全社展開から中小企業の現場起点、さらには海外の大規模再訓練まで、数字で裏づけされた一次情報を中心にまとめました。あわせて、KPI設計のヒントや再現のための実装ステップも具体化します。

リスキリング成功事例の前提と設計ポイント

リスキリング成功事例で押さえるべき背景と狙い

DXや人手不足の中では、単に教育プログラムを提供するだけでは成果は出にくいのが現実です。成果を出している企業の共通点は、以下のように学びと経営戦略を一体で設計していることです。

  1. 経営計画と人材ポートフォリオの明確化:将来必要な役割や人数を定義し、どの領域にどれだけ人材を投資するかを決める。

  2. 役割定義とスキルの可視化:職務ごとに求められるスキルを明文化し、現状とのギャップを把握する。

  3. 学び→実務アサイン→評価の循環:学習を終えたら即座に実務へ活用し、その成果を評価に反映する。

経済産業省は「DX推進とデジタル人材育成を両輪で進める」方針を掲げ、デジタルスキル標準(DSS) や DX認定制度 を整備することで、企業内の学びを支援しています。これにより、リスキリングを単発の研修で終わらせず、戦略的に組み込む流れが強まっています。

出典:経済産業省『デジタル推進人材育成の取組について(資料2)』

リスキリング成功事例で使われるKPI(例)

リスキリングのKPIは「学習量」だけでは不十分です。成功事例に共通するのは、学習量と成果を結びつける複数の指標を組み合わせることです。代表的なものは次のとおりです。

  • 学習量:受講者数、学習時間、修了率

  • 成果に直結する指標:資格・認定の取得数、社内公募への応募数、実際の異動数、新ロールへの移行率

  • キャリア・成果:昇進・昇格比率、プロジェクト成果(売上増加、工数削減など)

たとえば富士通は、オンデマンド学習の受講者数 を年次で公開するとともに、社内公募の応募数や異動数 をKPIとしてモニタリングしています。このように、学習と人材移動の双方を追うことで「学びが組織成果にどうつながるか」を可視化しています。

出典:Fujitsu『Fujitsu Integrated Report 2024』

リスキリング成功事例を見極めるチェックリスト

成功事例を自社で再現するためには、共通の設計型 を理解しておくことが重要です。国内外の事例を分析すると、以下の5つの条件が見えます。

  1. 経営KPIと人材KPIを連動させる:事業成果と人材育成を同じダッシュボードで追えるようにする。

  2. 活躍の場を先に用意する:学んだ社員が配置・異動で力を発揮できる場を整える。

  3. 学習の時間を制度で確保する:勤務時間内に学習時間を組み込み、学びやすい環境を提供する。

  4. 外部妥当性の確保:社外資格やデジタルスキル標準(DSS)と結びつけ、外部からも認められる形にする。

  5. 現場起点の成功を広げる:コミュニティや社内共有制度で、現場の小さな成功を横展開する。

経済産業省の調査でも、これらの要素を組み込んだ企業ほどリスキリング効果を組織成果に結びつけやすいと報告されています。

出典:経済産業省『デジタル推進人材育成の取組について(資料2)』

国内のリスキリング成功事例(製造・インフラ)

富士通のリスキリング成功事例(オンデマンド学習×人事KPI)

富士通は、オンデマンド学習(LinkedIn Learning や Udemy などの外部サービス)を全社に展開し、同時に社内の人材モビリティ制度(社内公募制度)と連動させる仕組みを導入しました。これにより「学び→異動→活躍」の循環を明確に見える化しています。

具体的には、オンデマンド学習の参加者数は以下のように大幅に増加しました。

  • 2021年度:1.3万人

  • 2022年度:2.6万人

  • 2023年度:3.7万人

  • 2024年度:6.4万人(日本国内のみ)

また、社内公募の応募累計は4年間で約2.7万人に達し、そのうち約1万人が実際にポジションを変えました。さらに学習基盤(LinkedIn Learning)の利用率は2024年6月時点で約8割に到達し、学習時間も大幅に増えています。単なる「学習の数値」ではなく、人材異動やキャリア開発と直結させた点 が富士通の特徴であり、KPIと成果の接続がはっきりと示されています。

出典:Fujitsu『Fujitsu Integrated Report 2024』

ダイキンのリスキリング成功事例(社内大学でAI人材1,500人を育成)

ダイキンは、独自に設立した「ダイキン情報技術大学(DICT)」を中心にリスキリングを推進しています。この社内大学では、役員から新入社員まで階層別に教育プログラムを設け、さらに2年制の実践カリキュラムを提供。AIやデータ分析に強い人材を計画的に育成しています。

2023年度末までに、DICTで育成されたAI・データ人材は約1,500人に達し、2025年度末までには2,000人規模への拡大が計画されています。教育は単なる座学にとどまらず、現場実装型のプロジェクトベース学習(PBL) とセットになっているため、学んだ内容が即実務に結びつくのが特徴です。また、幹部層向けにはAIを活用した意思決定研修を導入し、トップマネジメントから現場社員まで一気通貫で人材育成が行われています。

出典:厚生労働省『ダイキンのDX人材育成』
出典:ダイキン『デジタル時代における製造業の変革~ダイキン情報技術大学(DICT)』

JR東日本のリスキリング成功事例(3万人育成のKPIと“DXプロ”)

JR東日本は、2027年度末までに総勢3万人の社員をDX人材として育成する大規模プロジェクトを進めています。具体的には、以下のように階層別に育成KPIを設定しました。

  • ベーシック人材:25,000人

  • ミドル人材:5,000人

  • エキスパート人材:200人

各部門には「DXプロ」と呼ばれる推進役を配置し、学びと現場実装を結びつけています。学習内容はリテラシー教育にとどまらず、現場でのローコード開発や業務改善活動 に直結。たとえばタブレットの現場配備を進め、社員がデータを活用した改善を行うことを前提に設計されています。

この取り組みは単なるスキル教育ではなく、「学びが業務を変える」導線を意識して設計されているのが特徴です。リスキリングを事業変革のKPI として掲げることで、教育施策が経営課題と直結している好例です。

出典:JR東日本『プレスリリース(2023/12/5)』
出典:Microsoft『JR東日本 事例(Power Platform 活用)』

国内のリスキリング成功事例(通信・金融・エネルギー)

KDDIのリスキリング成功事例(全社員向けDX基礎で母集団を拡大)

KDDIは「KDDI DX University」を設立し、全社員を対象としたDX基礎研修を展開しています。ここでは意思決定力やビジネススキル、データリテラシーなどを体系的に学べるカリキュラムを整備し、現場での即戦力化を意識しています。

2022年度には約6,000人が受講し、商談現場や開発現場に直結する学びを重視した点が特徴です。基礎スキルを全員に普及させることで「DX人材の母集団」を広げ、選抜育成や実践配属につなげやすい土壌を作りました。単なる研修ではなく、現場の課題解決とリンクした設計 が成果につながっています。

出典:KDDI『全社員のDXスキル向上とプロ人財化』

MUFGのリスキリング成功事例(選抜・公募の二段構えと認定制度)

MUFG(三菱UFJフィナンシャル・グループ)は、デジタル人材の育成を「選抜プログラム」と「公募型研修」の二本立てで推進しています。選抜プログラムには延べ約750人が参加し、公募型研修にも同規模の750人が参加。全社員を対象にしたデジタルリテラシー底上げとも併走させています。

さらに「デジタルスキル認定制度」を設け、ゴールド認定を受けた社員は1,962人に達しました。これにより、学びが社内で可視化され、異動や登用の根拠として活用できる仕組みが整っています。選抜と公募、さらに認定制度を組み合わせる三層構造 が、学びを組織全体に広げる好例といえます。

出典:MUFG『デジタル人材の育成』

ENEOSのリスキリング成功事例(レベル認定×類型化で運用を加速)

ENEOSは、デジタル人材を「レベル1〜4」の段階と「3類型(ビジネスデザイナー/DXコーディネーター/データアナリスト)」で整理し、体系的に育成する制度を導入しました。

全社員に対してはeラーニングを通じて基礎リテラシーを底上げし、中核人材には研修と現場実践を組み合わせて育成。スキルの可視化と活用ルールを同時に整備し、DX推進委員会がガバナンスを担うことで、制度運用のスピードを高めています。スキルの見える化+類型化+ガバナンス体制 の三点を揃えた点が、ENEOS流の特徴です。

出典:ENEOSホールディングス『ESGデータブック(人材育成)』
出典:IPA DX SQUARE『ENEOSインタビュー』

中小企業のリスキリング成功事例(現場起点で成果に結びつける)

ゑびやのリスキリング成功事例(AI予測×人材転換で売上拡大)

三重県伊勢市の老舗飲食店「ゑびや」は、データ収集からAIによる来客数予測までを自前で整備し、スタッフのリスキリングと業務プロセス改革を同時に進めました。従業員はデータ分析やシステム運用を学び、学び直しをそのまま店舗運営に活かすスタイルを確立。

その成果として、客単価が3.5倍、売上が5倍、利益は50倍に成長。別資料では新事業も含めて売上が8.5倍になったとされています。現場が課題を発見し、学びを通じて解決し、それを仕組み化して定着させる——この循環こそがリスキリングの成功パターンであり、国内中小企業にとって非常に参考になる事例です。

出典:経済産業省『デジタル社会の実現に向けて』

中小企業庁の人材活用事例集にみる“育成で稼ぐ”発想

中小企業庁が公表している人材活用事例集には、全国の中小企業による採用・育成・環境整備の成功例が数多く紹介されています。共通する特徴は、現場で必要なスキルを見える化し、未経験人材を育てながら生産性を高めている点 です。

たとえば、学習時間を勤務時間に組み込み、資格取得に補助を出し、現場でのOJTを体系化するなど、小規模な組織でも実行可能な制度を整備。これにより「育成しながら利益を伸ばす」発想が現場に根づき、結果として人材定着率や事業成長に直結しています。規模が小さくても仕組み次第で成果が出せることを証明しています。

出典:中小企業庁『中小企業・小規模事業者の人材活用事例集』
出典:中小企業庁『(令和5年度版)人材活用事例集』

支援機関の活用で“外部知見”を取り込む

中小企業単独ではリスキリングの制度設計や教育リソースが不足するケースも少なくありません。そこで、地方の支援機関や商工団体、ITベンダーとの連携によるDX・リスキリング支援が有効です。

経済産業省の「DX支援ガイダンス別冊 事例集」では、全国の支援機関が伴走型で企業を支援し、人材育成を現場実務に落とし込む取り組みが数多く掲載されています。外部の知見を取り込みながら、自社の規模や状況に合わせてカスタマイズしていくことが、成功の近道です。「自社だけで抱え込まない」姿勢が、成果を安定させるポイント といえるでしょう。

出典:経済産業省『DX支援取組事例集』
出典:経済産業省『(要約版)DX中小企業ガイドブック』

海外のリスキリング成功事例(規模と仕組みで学ぶ)

AT&Tのリスキリング成功事例(Workforce 2020/“学ぶ・移る”を常態化)

米国の通信大手AT&Tは、2016年頃から「Workforce 2020」という大規模な人材変革プログラムを進めました。目的は、通信業界のDXに伴う急速な技術革新に対応できる人材を確保することです。

このプログラムでは、従業員の役割を再定義し、必要なスキルを明確化。さらにUdacityなど外部教育機関と連携し、社内外で学習機会を常時提供しました。報道によれば、10万人規模の再訓練に最大10億ドルを投資し、14万人以上の従業員が積極的に学習に参加したとされています。

注目すべきは「学んだスキルを即座に新しいポジションや業務へ活かせる仕組み」が整えられていた点です。単なる研修に留まらず、学習と配置転換を一体化させる設計 が、長期的に人材を動かす原動力となりました。

出典:Harvard Business Review『AT&T’s Talent Overhaul』
出典:HR Dive『AT&T invests over $1B to retrain 100,000 employees』
出典:Chief Learning Officer『The New Employer-Employee Social Contract』

Amazonのリスキリング成功事例(Career Choice/$1.2Bで30万人)

Amazonは「Upskilling 2025」および「Career Choice」というリスキリングプログラムを通じ、2025年までに30万人の従業員へ教育機会を提供する計画を発表しました。投資額は12億ドル以上にのぼり、世界的にも最大規模の取り組みです。

対象は倉庫スタッフや配送担当者を含むフロントライン従業員まで広がっており、大学学位プログラム、業界認定資格、英語教育、高校卒業資格など、多様な学習機会を提供。従業員が社内外で通用するスキルを獲得できるようにしています。

特に「Career Choice」制度では、対象講座の受講費用を会社が事前に負担する仕組みが整備されており、経済的な不安を抱えることなくリスキリングに取り組める点が高く評価されています。教育投資とキャリア支援を同時に提供するモデル は、グローバルで注目されるベストプラクティスです。

出典:Amazon公式『Upskilling 2025』
出典:Amazon公式『Career Choice』

グローバル事例からの教訓(設計原則は共通)

AT&TやAmazonのような海外大手の成功事例を分析すると、共通する設計原則が見えてきます。

  1. 役割とスキルの可視化:どの職務にどのスキルが必要かを明確にする。

  2. 学習機会の常設:オンデマンド学習や外部講座を組み合わせ、学びを継続的に提供する。

  3. 社内モビリティの制度化:学んだスキルを活かして異動・昇進できる仕組みを作る。

  4. 外部資格の活用:社内だけでなく市場でも通用するスキル証明を重視する。

  5. 投資規模と継続のコミット:大規模かつ長期的な資金投入を前提に進める。

日本企業がこれらをそのまま真似るのは難しい面もありますが、「学び→配置→成果」のサイクルを短期間で回す設計 は共通して応用可能です。制度や規模は違っても、仕組みの骨格は世界的に似通っているのが特徴といえます。

出典:リクルートワークス研究所『Reskilling - Human Resources Strategy in the Digital Age』

リスキリング成功事例を自社で再現するための実装ステップ

ステップ1:人材ポートフォリオを描いて「学びのゴール」を明確化

リスキリングを形だけの研修に終わらせないためには、まず「人材ポートフォリオ」を描くことが重要です。これは中期の事業計画から逆算して、必要となる 役割(ロール)・人数・スキルの組み合わせ を明確にする作業です。

現状の社員についてはセルフアセスメントと上司レビューを組み合わせてスキル可視化を行い、将来像とのギャップを定量的に把握します。たとえば富士通のように、人材KPI(学習時間・異動数・認定取得数など)を経営KPIと連動させることで、投資対効果を投資家や社内に説明しやすくなります。

出典:Fujitsu『Fujitsu Integrated Report 2024(人材KPI)』

ステップ2:学びの“時間”と“場”を制度で担保する

リスキリングは「やりたい人だけが夜に勉強する」形では定着しません。成果を出す企業は、勤務時間内に学習時間を制度化して確保し(月○時間を上限に学習可能など)、現場で試せる “実践の場” を同時に設計しています。

たとえばKDDIは全社員向けのDX基礎研修を実施し、学びを即座に業務改善に活かす仕組みを作りました。JR東日本は現場主導のローコード開発や業務改善を学習プログラムに組み込み、「学びが業務を変える」流れを実装しています。学習時間と実践機会をセットにすることで、学びが成果につながるスピードが加速 します。

出典:KDDI『全社員のDXスキル向上とプロ人財化』
出典:JR東日本『プレスリリース(3万人育成のKPI)』

ステップ3:学び→異動→評価の循環を定着させる

リスキリングの大きな失敗要因は「学んだのに異動や昇進の機会がない」状態です。成功事例では、学習したスキルを社内公募、副業制度、昇格試験などに直結させ、“学び→異動→評価→報酬”の循環 を制度化しています。

具体例として、MUFGは「デジタルスキル認定制度」によって習得スキルを可視化し、認定者が新しいポジションに挑戦しやすい仕組みを整えました。ENEOSもレベル認定と類型制度を組み合わせ、スキルの到達度を配置や育成方針に反映させています。こうした「スキルの見える化」と「異動ルールの整備」を同時に行うことで、学びがキャリアの前進につながる仕組みが定着します。

出典:MUFG『デジタル人材の育成』
出典:ENEOSホールディングス『ESGデータブック(人材育成)』

まとめ

リスキリングの成功は、教材や講座の質だけでは決まりません。「設計」と「運用」の仕組み がカギです。

  • 事業KPIと人材KPIを同じダッシュボードで管理する

  • 学びを業務に直結させる時間と場を制度で確保する

  • 学び→異動→評価→成果の循環を仕組みとして埋め込む

この3点を整えれば、国内外の成功事例と同じく「学びが成果につながる流れ」を自社でも再現できます。

ポイントは、最初から大規模に取り組むのではなく、まずは半年程度の短期間で実証的に回してみること。小さな成功体験を積み上げながらスケールアップすることで、組織全体にリスキリング文化を根づかせることができます。

カテゴリー:人事・労務

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