ジョブ型雇用の日本事例を紹介!先行企業の設計と運用から学ぶ実務ポイントとは

ジョブ型雇用の日本事例を読む前に(定義・制度背景・日本ならではの留意点)
ジョブ型雇用の定義とメンバーシップ型雇用との違い
ジョブ型雇用とは、仕事の内容や役割を明確に定め、その職務に人を割り当てる考え方です。採用から評価、報酬までが「職務基準」に沿って設計される点が特徴です。これに対して、従来の日本型雇用の中心であったメンバーシップ型は、新卒一括採用を起点に会社都合で人事異動を行い、年功的に給与や処遇を決める仕組みでした。
両者を比較すると、ジョブ型では仕事の範囲や責任を言葉で定義することが欠かせません。職務記述書(ジョブディスクリプション:JD)を使い、どのようなスキルや責任を求めるのかを明確に示すことが、制度を機能させる前提となります。
政府による人事制度改革の推進と「ジョブ型人事指針」
政府は2024年に「ジョブ型人事指針」を公表し、日本企業に対して職務やスキルの明確化を進めるよう促しています。この指針は、単なる人事制度改革にとどまらず、社内外の労働移動を円滑にし、企業と個人の双方にとって柔軟な働き方を可能にすることを目的としています。
具体的には、職務内容を明文化し、必要なスキルを明示することで、人材の流動性を高める効果が期待されています。日本企業はこれまで曖昧さの中で人材配置を行うことが多かったため、この指針を実行に移すことは大きな転換点になると言えます。
人的資本開示や同一労働同一賃金との関わり
ジョブ型雇用の導入は、人的資本開示や同一労働同一賃金といった制度とも密接に関連しています。人的資本開示指針では、企業が人材戦略や人材投資の成果を定量的に開示することを求めています。
ジョブ型で定義された職務やスキルは、そのまま定着率や育成状況のKPI(重要業績評価指標)として活用できるため、開示義務に対応する強力な手段になります。さらに、厚生労働省が示す「同一労働同一賃金ガイドライン」は、均等・均衡待遇を判断するための基準となっており、ジョブ基準での報酬設計を進める上で欠かせない参照枠です。企業が公平性を持って制度を設計するには、これらの政策との接点を理解しておくことが重要です。
出典:内閣官房「ジョブ型人事指針」
出典:内閣官房「人的資本可視化指針」
出典:厚生労働省「同一労働同一賃金ガイドライン」
ジョブ型雇用の日本事例(電機・IT)——日立・富士通・ソニー
日立製作所:段階的にジョブ型へ移行するアプローチ
日立製作所は、2020年にジョブ型人財マネジメントへ移行する方針を発表しました。当初は新卒採用やキャリア採用において、職務を明確に定義した募集要項を整備し、ジョブディスクリプション(職務記述書:JD)を活用する仕組みを導入しました。その後、評価制度や等級制度を「職務基準」に合わせることで、徐々に適用範囲を広げています。
グローバル展開を重視する同社は、2020年10月に「グローバル共通の人財マネジメント」を推進する方針を打ち出しました。海外子会社も含めて共通の基準で職務を定義することで、人材の流動性を高める狙いがあります。日立のアプローチは、一度に全社員を対象とするのではなく、採用から配置、そして評価へと段階的に適用範囲を広げる点が特徴です。
富士通:全社員へ適用し、報酬をマーケット連動型へ
富士通は2020年以降、ジョブ型人材マネジメントを段階的に導入し、2022年には国内グループの一般社員にまで対象を拡大しました。特に注目すべきは、報酬制度を市場水準と連動させた点です。2025年のリリースでは、基本給の底上げや新卒処遇をジョブレベルに連動させる仕組みを導入しました。
この仕組みにより、同社は「職務の価値に応じた給与」を明確にし、優秀な人材の確保と流出防止の両立を図っています。さらに、採用から育成、キャリア形成までを一貫してジョブ型に統合する方針を打ち出しており、社員が自身のスキルをもとにキャリアを描きやすい仕組みを整えています。
ソニー:早期から導入したジョブグレード制度の活用
ソニーは2015年と比較的早い段階から、ジョブグレード制度(JG)を導入しました。この制度では、社員を「現在の役割」に応じて格付けし、Iグループ(専門職)とMグループ(管理職)の等級群を設定しています。これにより、従来のような年次や所属部門にとらわれず、職務の内容に応じて柔軟にキャリアを設計できるようになりました。
また、ソニーは社内公募制度や越境人材交流の仕組みも並行して整備し、社員が主体的にキャリアを選択できる環境を構築しました。政府の資料や専門誌でも紹介されることが多く、日本における先行的な事例として注目されています。
出典:日立製作所「ジョブ型人財マネジメント関連リリース」
出典:富士通「ジョブ型人材マネジメント関連リリース」
出典:https://www.sonyglobalsolutions.jp/information/workstyle/personnel.html
ジョブ型雇用の日本事例(通信・製造)——NTT・パナソニック・三菱マテリアル
NTT:管理職全員を対象とした抜本的改革
NTTは2021年に、全管理職を対象にジョブ型人事制度を導入する方針を発表しました。従来の「入社年次に応じた配置や昇進」から脱却し、職務内容や成果を基準とした配置・評価に移行しています。この取り組みは、管理職が果たす役割を明確にし、適材適所の人材配置を進める狙いがあります。
また、サステナビリティ関連の情報開示資料でも、NTTは管理職改革を継続的に紹介しています。新しい制度は「自己選択型の人事」という要素を含み、社員がキャリアの選択肢を自ら広げられる仕組みになっています。日本の大企業の中でも、全管理職を一度に対象とした抜本的な改革は注目を集めました。
パナソニック コネクト:全社員への一斉導入と大規模JD公開
パナソニック コネクトは、2023年4月から全社員を対象にジョブ型雇用を導入しました。同社は約1,400件ものジョブディスクリプションを整備し、社内で公開しています。これにより、社員は自身の職務内容や求められるスキルを確認でき、キャリア形成の指針とすることができます。
加えて、年齢や勤続年数にとらわれない報酬制度や、公募型の人材配置制度も導入しました。グループ全体が掲げる「三位一体労働市場改革」と合わせて発表されており、働き方の透明性と公平性を高める実践的な施策と評価されています。
三菱マテリアル:管理職から始め、非管理職へ拡大
三菱マテリアルは2022年に管理職全員を対象に職務型人事制度を導入しました。職務内容を基準とした等級制度を設定し、それに基づいて報酬を設計しています。その後、2025年には非管理職層にまで制度を広げることを発表し、段階的な改革を続けています。
政府分科会の資料では、同社が制度を導入した背景や効果についても紹介されています。職務と役割を明確に定義することで、社員の納得感を高めつつ、公平な処遇の実現を目指す取り組みが進んでいるといえるでしょう。
出典:NTT「新たな経営スタイルへの変革」
出典:パナソニック コネクト「ジョブ型導入」
出典:三菱マテリアル「職務型人事制度」
ジョブ型雇用の日本事例(金融・消費財ほか)——銀行・KDDI・資生堂
銀行:専門職コースや社内公募を通じたジョブ基準の強化
メガバンクを中心とした金融業界では、専門性を重視した人事制度が広がっています。三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)は「EX制度」や「Professional Job制度」を設け、専門職として働く社員の処遇を明確に区分しました。これにより、専門分野でキャリアを磨きたい人材が安心して働ける環境を整えています。
さらに、MUFGは「Job Challenge」と呼ばれる社内公募制度も導入しています。この仕組みにより、社員は自らの希望で部署異動や新しい職務に挑戦することが可能になりました。従来の年功序列や会社主導の配置に依存せず、自律的にキャリアを設計できる点が特徴です。
金融機関は組織規模が大きいため、純粋にジョブ型一本に切り替えるのは難しい面もあります。そのため、既存制度と組み合わせた「ハイブリッド型」の運用が実務的な選択肢となっているのです。
KDDI:全総合職を対象に「KDDI版ジョブ型」を導入
通信大手のKDDIは、2021年から全ての総合職を対象にジョブディスクリプションを基盤とした「KDDI版ジョブ型」を導入しました。まずは中途採用社員を対象に試験導入を行い、その後2022年には既存社員にも拡大しています。この段階的アプローチにより、制度定着に向けた混乱を抑える工夫がなされています。
評価や報酬もジョブ記述書に基づく仕組みを整備し、社員の成長支援やキャリア開発を一体で進めています。政府の分科会でも導入ステップが事例として公開されており、導入プロセスが明確に整理されている点が特徴です。
KDDIの取り組みは、企業全体で「職務定義を起点とした運営」を実現するための好例であり、他社の参考モデルとして紹介されることも増えています。
資生堂:和洋折衷型のジョブ型人事制度を展開
資生堂は2015年に管理職向けのジョブグレード制度を導入し、その後2018年以降は一般社員にも適用を広げました。そして2021年からは、管理職・総合職・美容職までを含めた広範囲のジョブ型人事制度を展開しています。
資生堂の制度は「和洋折衷型」と呼ばれ、日本特有の雇用慣行と欧米型のジョブ基準制度を組み合わせた形で設計されています。例えば、職務に応じた報酬体系を採用しつつ、日本企業が重視してきた長期的な育成や社内協働の要素も残しています。
政府分科会の資料でも資生堂の事例は取り上げられており、制度導入の柔軟性と実務的な工夫が注目されています。ジョブ型をそのまま輸入するのではなく、自社文化に合わせて調整する姿勢が特徴的です。
出典:MUFG「専門人材の処遇・社内公募」
出典:KDDI「ジョブ型制度の紹介・導入事例」
出典:https://corp.shiseido.com/jp/sustainability/labor/training.html
日本事例から見える“うまく回す勘所”(職務定義・評価・報酬・労使協議)
職務の言語化と粒度をどう設定するか
ジョブ型雇用を実際に機能させるには、職務をどのように「言語化」するかが最も重要です。ジョブディスクリプション(JD)やジョブグレード制度を整備しても、内容が曖昧すぎると運用に支障をきたします。一方で細かく定義しすぎると柔軟な配置や育成に対応できなくなります。成功している企業は、組織の現場で実際に使えるレベルまで粒度を調整しているのが特徴です。
例えば、日立は職務や組織の「見える化」を徹底することで、社員が自分の役割を理解しやすくしました。富士通はジョブレベルと処遇を連動させることで、職務定義と報酬を直接つなげました。パナソニックはJDを大規模に公開する仕組みを整え、社内の透明性を高めています。このように、自社に合った粒度で職務を定義することが、運用を安定させる第一歩です。
評価・育成・公募を制度に組み込み「自己選択」を支える
評価や育成の仕組みを設計する際には、上司と部下の対話の機会を制度化することが欠かせません。ジョブ型は職務内容が明確であるため、評価においても「どの職務でどの成果を出したか」を具体的に説明する必要があります。これを支えるのが上司との定期的な面談です。
また、ソニーのように社内公募や越境人材交流を取り入れることで、社員が自らキャリアを選択できる環境を整えることも有効です。NTTやMUFGは、社員の自律的なキャリア形成を促すための施策を展開しています。KDDIも制度全体を通じて「キャリアを自分で選ぶ」という考え方を重視しています。こうした取り組みは、離職率の低下や制度の形骸化防止につながっています。
報酬と均衡待遇をめぐる説明責任と労使協議
ジョブ型雇用では、職務ごとに報酬が異なるため、同じ職場で働く社員の間に待遇の差が生まれることがあります。その際に重要になるのが「なぜ報酬に差があるのか」を説明できる制度設計です。厚生労働省が示す「同一労働同一賃金」の考え方は、この説明責任を果たす上で大きな指針になります。
さらに、人的資本開示指針では、職務やスキルの定義を開示するだけでなく、その成果や目標も併せて説明することを求めています。企業がジョブ型制度を導入する際には、労使協議を通じて制度改定や移行措置を丁寧に進めることが大切です。三菱マテリアルのように段階的に制度を広げる場合でも、影響を受ける社員への配慮を欠かさない姿勢が求められます。
出典:厚生労働省「同一労働同一賃金ガイドライン」
出典:内閣官房「ジョブ型人事指針」
出典:三菱マテリアル「職務型人事制度」
まとめ
ジョブ型雇用の日本事例を見ると、導入の入り口も運用の仕方も多様であることが分かります。日立や富士通のように段階的に広げる企業もあれば、パナソニックのように全社員を一斉に対象にする企業もあります。NTTや資生堂はまず管理職から導入し、そこから範囲を拡大しました。
共通して言えるのは、制度をうまく機能させるには三つのポイントがあるということです。第一に、職務を言語化し、等級や報酬と結びつけて整合性を保つこと。第二に、評価や育成、公募といった仕組みを通じて社員の「自己選択」を制度に組み込むこと。第三に、均衡待遇や人的資本開示といった外部要請に応えられるよう、説明責任を果たせる設計にすることです。
ジョブ型雇用を導入すること自体が目的ではなく、自社の人事や事業戦略に合わせて「運用できるレベル」に落とし込むことが近道です。先行企業のやり方を参考にしながら、自社に適した形を模索することが成功への第一歩になります。
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