ISSB基準への日本企業の対応方法とは?制度の最新動向と“実務の型”をまとめて解説

ISSB基準 日本企業対応の全体像(背景・義務化の見通し)
ISSB基準の発効と位置づけ——S1・S2は2024年期から有効
ISSB(国際サステナビリティ基準審議会:IFRS財団の傘下機関)は、2023年6月にサステナビリティ開示に関する国際基準を発表しました。それが、一般的なサステナ情報を網羅するIFRS S1と、気候関連に特化したIFRS S2です。これらは2024年1月1日以降に始まる会計年度から有効となっており、2024年度に適用した企業の開示内容が2025年に初めて公表されます。
S1に準拠するためには、必ずS2も同時に適用する必要があります。そのため企業は、気候関連の開示を含めた統合的な対応を前提としなければなりません。各国はこれら国際基準を自国制度に取り込み、義務化の時期や適用対象を調整していく流れにあります。
日本のSSBJ基準の確定——ISSBと整合した“日本版”を発行
日本では2025年3月5日に、SSBJ(サステナビリティ基準委員会)が「SSBJ基準」を公表しました。これはISSBのS1・S2をほぼそのまま取り込みつつ、日本語での運用や日本の実務を考慮して再構成したものです。具体的には、「Application」「General」「Climate」の三つの基準に分ける形で整理されています。
また、必要に応じて日本特有の選択肢を追加しており、国内企業が無理なく導入できるよう配慮されています。対象はプライム市場に上場する企業が中心で、実際の適用時期や範囲は金融庁など制度当局の決定に委ねられています。
金融庁のロードマップ——プライム企業に段階的適用、保証も義務化
金融庁はワーキング・グループで、段階的な導入スケジュールを整理しました。まず時価総額3兆円以上のプライム上場企業は2027年3月期から、1〜3兆円は2028年3月期から、0.5〜1兆円は2029年3月期から開示を始める案です。対象企業は規模に応じて順次適用を受けることになります。
さらに、開示の翌年度からは保証(第三者によるチェック)を義務づけます。最初の2年間はScope1・2(自社と購入電力由来の温室効果ガス)とガバナンス・リスク管理部分に限定されますが、段階的に範囲が拡大する仕組みです。また、日本の制度設計についてはISSBから「国際基準と機能的に整合している」と確認を受けている点も安心材料です。
出典:IFRS Foundation「IFRS S1/S2(効果発生日と同時適用)」
出典:SSBJ「SSBJ基準の公表(2025/3/5)」
出典:金融庁「開示・保証WG 中間整理/ロードマップ(2025/7/17)」
出典:金融庁「第8回議事録(ISSBと機能的整合の確認等)」
ISSB基準 日本企業対応の実務準備(体制・プロセス・締切)
取締役会と経営の関与——監督責任と役割分担を先に定める
ISSB基準では、経営トップや取締役会の関与が特に重視されます。企業は、既存の指名・報酬委員会やサステナビリティ委員会で監督を担うのか、それとも新たに専任委員会を設けるのかを早い段階で決める必要があります。監督体制が不明確なままでは、開示の質や信頼性に影響します。
実務部門では財務、IR、サステナビリティ、各事業部門の役割を明文化し、開示に向けた責任分担を社内に浸透させます。社外取締役にもKPI(重要業績評価指標)や保証の計画を共有し、意思決定がスムーズに進む環境を整えることが望ましいです。S1の目的は「投資家が意思決定に使える情報を提供すること」であるため、その視点を常に意識することが重要です。
“同時に・同期間で”開示するためのスケジュール設計
IFRS S1では、財務諸表と同じ対象期間をカバーし、原則として同時に開示することが求められます(S1.64)。初年度は期限の緩和が設けられる場合がありますが、最終的には有価証券報告書と同じスケジュールで開示を行うことになります。
そのため、企業は月次・四半期のデータ収集からレビュー、取締役会承認、開示までの流れを「締切表」として設計する必要があります。日本の金融庁は経過措置として「二段階開示」を認めていますが、社内体制は最初から同時開示を前提に準備しておいた方が、後の移行がスムーズになります。
マテリアリティ(重要性)の判断と内部統制の仕組み
S1の基本構成は「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の4つです。企業はこれらを自社の事業別に洗い出し、どのテーマが将来の収益やキャッシュフローに影響するかを説明できるように整理します。特に投資家にとって重要と考えられるテーマは、根拠を明確に示したうえで「重要性が高い」と判断しなければなりません。
判断過程は、財務報告と同様に内部統制の仕組みを用いて記録することが求められます。証憑の保存や承認フロー、ログの管理などを徹底し、将来の第三者保証に耐えられる形で資料を残すことが必要です。早い段階から内部統制を意識しておくと、制度対応の安定性が高まります。
出典:IFRS Foundation「IFRS S1(目的・同期間・同時開示の考え方)」
出典:IFRS Foundation「FAQ(S1.64 同時開示の原則)」
出典:https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20250717/02.pdf
ISSB基準 日本企業対応の開示テーマ(S1・S2の“何を出すか”)
S1の基本——“4つの柱”で情報を整理する
S1の開示は、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標という4つの柱で構成されています。まず「ガバナンス」では、取締役会や経営陣がどのように監督しているかを示します。「戦略」では、サステナ課題がどの事業や地域に影響を及ぼすかを説明します。「リスク管理」では、課題をどのように特定・評価し、対応しているかを開示します。最後に「指標と目標」では、具体的な進捗や成果を数値で示すことが求められます。
これらを通じて、サステナビリティの要素と企業業績のつながりを明確に示すことが目的です。単なるCSR的な情報ではなく、投資家が財務情報と並べて比較できる水準の言語化が必要となります。
S2の要点——温室効果ガスと移行計画を中心に
S2は気候関連に特化しており、Scope1・2・3の温室効果ガス排出量を中心に開示します。さらに、シナリオ分析を通じて将来のリスクと機会を評価し、それに基づいた移行計画を示すことが求められます。この移行計画には、どの投資を行い、どのようなKPIやマイルストンを設定しているのかを含める必要があります。
S2は2024年1月1日以降に始まる会計年度から有効で、S1と同時に適用されます。測定方法は国際的に統一されたGHGプロトコルを基準にしているため、日本企業も国際的な算定手法に沿ったデータ収集が求められます。
日本固有の工夫——SSBJ基準の構造と検索システム
日本で発行されたSSBJ基準は、S1相当部分を「Application(適用の基本)」と「General(コア開示)」に分け、S2相当部分を「Climate」として整理しました。これは、国際基準の要請をすべて取り込みつつ、日本企業が実務で扱いやすいよう構造化した工夫です。
さらに、基準を横断的に検索できる「ASSET-SSBJ」というシステムも公開されています。これを使えば基準間の条文を横断的に調べられ、実務担当者が参照する際に効率が格段に上がります。国際基準に準拠しながらも日本語でわかりやすく整理されているため、制度準備の負担を軽減する効果があります。
出典:IFRS Foundation「IFRS S2(発効・要求事項)」
出典:IFRS Foundation「IFRS S1(全般要求と“4つの柱”)」
出典:SSBJ「ASSET-SSBJ(基準検索システム)」
ISSB基準 日本企業対応の段階導入と経過措置
初年度は“気候ファースト”の経過措置を活用
ISSBは初年度に限り、S1のすべてを網羅せず、気候関連のS2を中心に開示を始めることを認めています。S1の条文のうち必要な部分だけを参照し、段階的に拡張できる仕組みです。これにより、企業は最初から全領域をカバーする負担を避けつつ、実務を立ち上げやすくなります。IFRS財団の教育資料も、この経過措置を前提にした導入方法を具体的に整理しています。
実務担当者にとっては、まず気候関連データを整えることが制度対応の出発点となります。これを通じて、S1との接続部分を把握しやすくなり、2年目以降の完全適用へとスムーズに移行できます。
Scope3と比較情報に関する猶予規定
S2では、初年度のScope3(サプライチェーンを含む間接排出)の数値開示は猶予されます。加えて、前年との比較情報(比較可能データ)の開示も初年度は必須ではありません。これは、企業にとってデータ収集や算定体制を整える時間を確保するための配慮です。
実務的には、初年度からサプライヤーや販売部門とのデータ連携を走らせておくことが重要です。2年目以降には比較情報が必要になるため、1年目から将来の開示に耐えられる設計をしておくと移行がスムーズになります。
日本の“二段階開示”と保証の入り方
日本のロードマップでは、適用開始から2年間は「二段階開示」を認めています。これは、財務報告とサステナビリティ報告を別タイミングで出すことを許容する仕組みです。さらに、適用翌年度からは限定的保証が義務化されます。当初の保証範囲はScope1・2の排出量とガバナンス・リスク管理に限定されており、段階的に広がっていく設計です。
企業は、開示と保証に時間差が生じることを前提に、内部レビューから監査法人や保証業者のチェックに至るまでの動線を明確に整備しておく必要があります。これにより、制度対応の負荷を軽減しつつ、混乱を防ぐことができます。
出典:IFRS Foundation「S1×S2“気候ファースト”適用の教育資料(2025/1)」
出典:KPMG「初年度の比較情報・Scope3猶予の整理」
出典:金融庁「ロードマップ(二段階開示・限定的保証・範囲)」
ISSB基準 日本企業対応の実装Tips(データ・監査・投資家対話)
データ設計——GHG算定のルールと証跡を整える
温室効果ガス(GHG)の算定は、国際的に広く使われているGHGプロトコルに従って行うのが前提です。S2でもこの枠組みが明記されており、Scope1・2・3に分けて数値を集計する必要があります。日本企業は制度対応を見据え、活動量→排出係数→集計→レビューまでの流れを標準化し、監査や保証で確認できる証跡を残しておくことが重要です。
初年度はScope3が猶予されますが、2年目からは前年比較も含めて本格的に開示が求められます。そのため、購入品や輸送、製品使用といったカテゴリごとにデータ収集方法を設計し、1年目からサプライチェーンを巻き込んでおくことが現実的な進め方となります。
監査・保証への備え——役割分担とフォルダ設計
金融庁のロードマップでは、限定的保証が早い段階から義務化されます。最初の対象はScope1・2とガバナンス、リスク管理です。保証対応をスムーズに進めるには、財務、サステナ、事業部門の責任を明確に分けておく必要があります。どの部門がどのデータを準備し、どこまで監査法人に渡すのかを、事前に役割分担として固定しておくことが肝心です。
さらに、サンプル監査に対応できるよう、証憑をまとめたフォルダ構成やバージョン管理をあらかじめ整備しておくと効率的です。国際的にはTCFDからISSBへの業務移管が進んでおり、保証の基準として国際保証基準(ISSA 5000)なども参照されつつあります。こうした動向も踏まえ、監査対応を早めに準備しておくことが望まれます。
投資家との対話——同時開示と英語対応の両立
ISSB基準では、財務とサステナビリティ情報を同じ期間で同時に開示することが原則です。これにより、投資家は財務情報と非財務情報を並べて比較できるため、開示のタイミングが投資家との対話に直結します。
日本のプライム市場では、2025年4月以降に英語での開示要件が拡大します。そのため、サステナビリティ報告も英語で同時に出す体制を整えることが、海外投資家との信頼構築に直結します。具体的には、KPIの定義や算定方法を英語で先に標準化し、IR部門とサステナ部門が連携して発信できるようにしておくと、後戻りのリスクを減らせます。
出典:IFRS Foundation「IFRS S2(測定・GHGプロトコルの扱い)」
出典:KPMG「Timing of sustainability reporting(測定・猶予の整理)」
出典:IFRS Foundation「Progress on Corporate Climate-related Disclosures 2024(TCFDからの移管)」
出典:Reuters「プライムの英語開示要件(2025年4月〜)」
まとめ
ISSB基準に対応する日本企業の道筋は、「国際基準」と「国内制度」の二層構造を理解することから始まります。国際的にはIFRS S1とS2が2024年期から有効化され、日本では2025年にSSBJ基準が発行されました。金融庁は段階的にプライム企業へ義務化を進め、保証も導入する方針を示しています。
実務面では、初年度は「気候ファースト」の経過措置を活用し、Scope3や比較情報は段階的に対応すれば負担を抑えられます。その後は完全適用に向けて、GHG算定の証跡整備や内部統制を強化し、監査と保証に耐えられる仕組みを作る必要があります。
また、投資家との対話を意識し、財務との同時開示と英語対応を進めることが資本市場での信頼構築につながります。制度対応を単なる義務として終わらせるのではなく、事業戦略を分かりやすく示す手段として活用することが、長期的に企業価値を高める鍵となります。
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