IFRS S1・S2対応ガイド2025ー日本企業の準備と実務のポイントを解説

IFRS S1・S2対応ガイド2025ー日本企業の準備と実務のポイントを解説
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IFRS S1 S2 適用2025は、国際基準(S1:サステナビリティ開示の土台、S2:気候開示)が2024年から発効し、2025年に初めて開示スケジュールへ反映されることを意味します。日本では2025年3月にSSBJ基準(日本版ISSB)が公表され、ISSB基準との整合性を前提に制度が進行中です。 金融庁はプライム市場企業を中心に段階的適用と保証を検討しており、実務対応は「財務と同時・同期間で開示」「初年度は経過措置を活用」「2年目で完全適用」の三段階で進めるのが現実的です。本稿では、背景から準備、具体的な開示内容、経過措置、保証や投資家対応までを初心者向けに整理しました。

IFRS S1 S2 適用2025の全体像(背景・対象・スケジュール)

発効日と“2025”の読み替え(いつから、何を出すか)

IFRS S1・S2は「2024年1月1日以降に始まる会計期間」から有効となっています。たとえば2025年3月期決算の企業は、2024年4月〜2025年3月の期間に対応し、2025年の有価証券報告書で初回の開示を行う必要があります。

S1は投資家の意思決定に役立つ情報の提供を目的とし、S1とS2は原則として同時に適用します。FAQには「財務と同じ期間で同時に開示する(S1.64)」と明記されており、制度対応では財務報告との一体運用が前提となります。

出典:IFRS Foundation「IFRS S1/S2(有効日・同時同期間の原則)」
出典:IFRS Foundation「FAQs(S1.64)」

日本のSSBJ基準とISSB整合(日本語運用の器を用意)

日本のSSBJ(サステナビリティ基準委員会)は、2025年3月にISSBのS1・S2を基盤とした「SSBJ基準」を公表しました。基準は「適用」「一般」「気候」の三部構成となっており、日本語での運用を考慮した整理が特徴です。

ISSBとSSBJの差分は「整合確認」の資料で明確にされており、基準横断検索システム「ASSET-SSBJ」も整備されています。これにより、企業は海外基準を直接読み替えるのではなく、日本語で正式に定義された枠組みを活用できるようになりました。

出典:SSB Japan「サステナビリティ開示基準の公表」

金融庁ロードマップの見通し(段階適用・保証・二段階開示)

金融庁はワーキング・グループで整理した中間報告の中で、プライム市場企業を対象に時価総額規模ごとに段階適用する案を示しました。適用翌年からは限定的保証が義務づけられ、Scope1・2およびガバナンス・リスク管理が初期対象となります。

また、当初2年間は「二段階開示」を認める経過措置も提案されています。これは財務報告とサステナビリティ開示を別タイミングで出すことを許容する仕組みです。最終決定はこれからですが、実務担当者はこの線を前提にスケジュール設計を始めておくと後戻りが少なくなります。

出典:金融庁「WG中間論点整理・ロードマップ」

IFRS S1 S2 適用2025の実務準備(体制・プロセス・締切)

取締役会の関与と役割分担(誰が監督し、誰が作るか)

S1・S2はガバナンスの説明を重視しており、監督責任を担う主体を明確にする必要があります。取締役会やサステナビリティ委員会が監督を行い、財務・IR・サステナビリティ部門や事業部門が開示資料を作成する、といった役割分担を社内規程に定めておくことが求められます。

特に社外取締役には、初年度の適用範囲、保証の範囲、KPIの計算方法まで早期に共有することが大切です。これにより、開示の品質が確保され、経営判断がぶれにくくなります。S1の根底にある目的は「投資家が意思決定に使える情報を提供すること」であるため、その視点を常に念頭に置くことが重要です。

出典:IFRS Foundation「IFRS S1(目的・4本柱・同時同期間)」

同時・同期間の“締め方”を作る(S1.64を前提に)

S1.64では、財務諸表とサステナビリティ情報を「同じ期間」で「同時に」開示することを原則としています。初年度は国内で二段階開示の経過措置が見込まれていますが、最終形は同時開示です。そのため、月次・四半期ごとのデータ収集からレビュー、承認、翻訳までを一つのクロージャー表に落とし込み、運用を開始する必要があります。

特に遅れやすいのはScope3排出量の集計や自由記述部分の確定です。責任部署と締切を明確にして順序立てを決めることが、安定した開示を行う鍵となります。

出典:金融庁「WG中間論点整理(経過措置の方向)」

マテリアリティ判断と内部統制(監査に耐える線引き)

S1では「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の4つの柱に沿って、重要性(マテリアリティ)を説明することが求められます。企業は、事業ごとに将来キャッシュフローへ影響するテーマを洗い出し、選定根拠や想定影響、管理体制を文書化しておく必要があります。

さらに、証憑の所在や承認ログ、改定履歴を残し、将来の保証や監査に耐えられる「再現性」を確保することが不可欠です。最初から内部統制を意識して制度対応を進めることで、後の監査や投資家説明がスムーズになります。

出典:IFRS Foundation「IFRS S1(目的・4本柱・同時同期間)」

IFRS S1の“出す中身”を固める(ストーリーと数字のつなぎ方)

IFRS S1の4本柱をKPIに落とす(ガバナンス/戦略/リスク/指標・目標)

S1の中心は「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の4本柱です。まずガバナンスでは「誰が、いつ、何を監督するか」を明確にします。戦略では「どの事業や地域にどのような影響があるか」を整理します。リスク管理は、課題をどのように特定し、評価し、対応するのかを説明します。最後に指標と目標では、進捗や成果を示す数値を提示する必要があります。

これらをKPIに落とし込み、財務情報とのつながりを説明することが重要です。売上や投資、コスト、資本効率など、投資家が比較可能な数値と接続することで、開示内容の説得力が増します。

同じ期間・同時に出すための設計(S1.64の運用)

S1.64では、サステナビリティ情報を財務諸表と「同じ報告期間」「同じタイミング」で開示することを原則としています。企業は、原稿の責任編集者、レビューの流れ、取締役会の承認スケジュール、翻訳締切までを一枚のスケジュール表にまとめておく必要があります。

二段階開示の経過措置を使う場合でも、最終的には同時開示を見据えて準備することが大切です。期中からレビューを開始し、承認プロセスを繰り返すことで、手戻りのリスクを最小限に抑えられます。

SSBJの「適用/一般」を使った日本語運用

SSBJ基準では、S1相当を「適用(Application)」と「一般(General)」に分け、日本語でブレなく使えるよう整理しています。条文の整合や差分はSSBJの公開資料で確認でき、実務担当者が迷わず参照できる仕組みになっています。

実務では、社内ガイドラインをSSBJの用語で統一し、監査法人や保証業者とのやり取りでも同じ表現を使うことが求められます。国際基準を日本語に落とした正式な枠組みを活用することで、効率的かつ誤解のない対応が可能になります。

出典:IFRS Foundation「IFRS S1(4本柱・S1.64)」
出典:SSB Japan「2025年3月補足文書」

IFRS S2の要点(GHG・シナリオ・移行計画)と“初年の救済”

Scope1・2・3とGHGプロトコル(測定の“型”を固定)

S2は気候関連の開示を対象とし、Scope1(自社排出)、Scope2(購入電力)、Scope3(バリューチェーン)の温室効果ガス排出量を明示することを求めています。測定方法は国際的に広く使われているGHGプロトコルに準拠し、活動量と排出係数を掛け合わせる形で算定します。

企業はデータの責任者、証憑の保存場所、改定履歴を明確にし、二年目に比較情報を出せるように準備することが必要です。早期に算定ルールを固定しておくことで、監査や保証にも耐えられる体制が作れます。

シナリオ分析と移行計画(投資とKPIまで書く)

S2では、物理的リスクと移行リスクをシナリオ分析に基づいて評価し、その結果を移行計画に落とし込むことを求めています。この移行計画には、具体的な投資内容、KPI、マイルストンを含める必要があります。

投資家はこの情報を通じて企業の将来像を検証するため、財務計画や設備投資(CAPEX)とつながる形で説明することが大切です。実効性のある計画を示すことで、資本市場からの信頼を高められます。

初年度の経過措置を賢く使う(気候ファースト/Scope3猶予/比較情報)

ISSBは初年度に限り、「気候関連(S2)に絞った開示」と「S1の一部適用」を認めています。これにより企業は負担を軽減しつつ、実務を立ち上げやすくなります。IFRS財団は教育資料で、どのS1条文をS2と合わせて適用すればよいかを明示しています。

Scope3については初年度に猶予があり、比較情報も二年目以降から本格適用されます。初年度はS2を軸に開示体制を整え、二年目に完全対応へ拡張することが現実的です。

出典:IFRS Foundation「IFRS S2(要求事項・発効日)」
出典:IFRS Foundation「気候ファースト適用ガイド(2025/1)」
出典:KPMG「初年度の移行救済・比較情報」

IFRS S1 S2 適用2025の日本企業対応(段階導入・保証・英語対応)

二段階開示と保証の入り方(限定的保証の射程)

金融庁のロードマップでは、適用開始から2年間は「二段階開示」が認められています。これは財務報告とサステナビリティ報告を別タイミングで開示する仕組みです。その後、適用翌年から限定的保証が義務化され、Scope1・2とガバナンス・リスク管理が保証対象になります。

企業は、内部レビューから保証業者によるチェックまでの流れを前提に設計し、フォルダ構成や版管理をあらかじめ定めておく必要があります。これにより、監査や保証対応の負荷を抑えられます。

データ品質と役割分担(証跡・責任・改定履歴)

S1・S2に基づく開示では、数値の比較可能性が重要です。活動量、排出係数、集計のプロセスを記録し、証跡を残すことが求められます。各事業部門にデータ責任者を置き、月次でレビューを行い、改定履歴を残すことで品質を確保します。

この仕組みを整えておけば、翌期も同じ手順で再現でき、保証や投資家対話に耐えられるデータを提供できます。大手監査法人のガイダンスやSSBJの補足文書を参照することも有効です。

投資家対話と英語対応(同時対応が信頼を生む)

プライム市場では英語での開示が拡大しており、海外投資家との対話では英語版の開示資料が不可欠になりつつあります。S1.64の原則に従い、財務情報とサステナビリティ情報を同時に、かつ英語でも開示することが信頼構築につながります。

具体的には、KPIの定義や算定方法を日英両方で標準化し、IR部門とサステナビリティ部門が一体で準備を進めることが有効です。これにより、投資家説明や質疑応答にもスムーズに対応できます。

出典:金融庁「WG中間論点整理・参考資料(段階適用・保証)」
出典:SSB Japan「補足文書(ISSB教育資料の位置づけ)」
出典:EY「International GAAP 2025(S2の救済・要点)」

まとめ

IFRS S1 S2 適用2025の対応は、「国際基準の原則」と「国内制度の運用」を二層で理解することが重要です。国際的にはS1とS2が同時・同期間の開示を求め、日本ではSSBJ基準の整備と金融庁による段階的義務化が進んでいます。

実務面では、初年度は気候ファーストと比較情報の緩和を活用し、Scope3や英語対応を段階的に広げることが現実的です。二年目に完全対応へ移行し、GHG算定の証跡や内部統制を整備することが求められます。

開示スケジュールを財務と共通化し、投資家との対話を意識して運用することが、制度対応を単なる負担ではなく企業価値向上の機会に変える鍵となります。

カテゴリー:会計・財務

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