サステナビリティ開示と財務統合のポイントとは:時期・タイミング・用語を揃える実務ガイド

サステナビリティ開示と財務統合のポイントとは:時期・タイミング・用語を揃える実務ガイド
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サステナビリティ開示と財務統合は、投資家にとって「ひとつながりの意思決定情報」を提供するために欠かせない取り組みです。非財務データを財務諸表と同じ期間・同じ締切で作成し、注記やKPIの定義もそろえることで、比較可能で一貫性のある開示が可能になります。 IFRS S1/S2は“同期間・同時開示”を求め、EUのCSRDも管理報告書での統合を前提に設計されています。本稿では、制度の要件、設計手順、KPIと注記の結び付け、デジタル・タグ付け、保証対応を順を追って整理します。最後に、ISSB・ESRS・統合報告の役割を俯瞰し、実務での使い分け方も見ていきます。

サステナビリティ開示と財務統合の基本(原則・制度の要件・ガバナンス)

サステナビリティ開示と財務統合の原則——“同期間・同時”が起点

IFRS S1は、サステナ関連の財務情報を財務諸表と同じ報告期間に対応させ、同時に公表することを求めています。初年度は移行救済が認められる場合がありますが、最終的には“同期間・同時”を前提に制度が構築されています。

実務では、サステナデータの月次仮締めやレビュー日程を、決算カレンダーと完全に重ねることが必須です。KPIの確定は遅延しやすいため、会計方針と同じレベルの「定義書」で固定し、誰が見ても一貫した運用ができるように整えることが重要です。こうした工夫によって、決算直前の差し替えリスクを大幅に減らせます。

出典:IFRS Foundation「IFRS S1(同期間・同時開示)」

CSRDの管理報告書での統合——“同じ器”で投資家に見せる

EUのCSRDは、サステナ情報を財務と同じ期間を対象に管理報告書(経営報告)の中で開示することを求めています。欧州委員会のFAQでは、提出期限、デジタル形式、保証との関係が整理されており、企業は“財務の器にサステナを載せる”という発想で準備を進める必要があります。

また、原則としてサステナの連結範囲は財務連結と一致させることが求められています。財務とサステナの範囲がずれると、投資家にとって「どの数値が正しいのか」が不明確になり、信頼性を損なうためです。統合の基本は「一貫性を担保すること」であり、制度の意図を踏まえた設計が不可欠です。

出典:European Commission「CSRD FAQ(管理報告書・期限・形式)」

“つなぐ”ための考え方——EFRAGのコネクティビティ・プロジェクト

EFRAGは、サステナと財務をどう「接続」させるかを検討するコネクティビティ・プロジェクトを進めています。公開資料では、年次報告書の各セクションをどう整理し、どの数値や注記を結び付けるかが示されています。

ここでは、同額参照による「直接接続」と、集計や分割による「間接接続」の両方が例示され、想定財務影響をどう和解(リコンシリエーション)に落とし込むかまで解説されています。これらの指針を骨子作成の段階から参照すれば、後工程の手戻りを大きく減らすことができます。

出典:EFRAG「Connectivity considerations(初期ペーパー)」

経営関与と役割分担——ボードの監督と実務ラインを同時に決める

統合の設計を成功させるには、経営の関与を前提にした役割分担を最初に明確化することが欠かせません。取締役会や監査委員会が監督機能を担い、財務、IR、サステナ、事業部門が実務の分担をする形が基本です。IFRS財団は、IASBとISSBが補完的に機能することで投資家に情報を一貫して届ける意義を強調しており、統合の枠組みが“投資家目線”にあることを忘れてはいけません。初年度から保証の入り方やKPI算定方法を含めた全体像をボードに諮り、監督と報告のラインを定例化することが、レビューの遅延を防ぐ実務上の工夫になります。

出典:IFRS Foundation「IASB×ISSBの連携(FAQ/Webcast)」  https://www.ifrs.org/groups/international-sustainability-standards-board/issb-frequently-asked-questions/  https://www.ifrs.org/news-and-events/news/2024/12/new-webcast-series-connectivity/

“同時・同期間”の締め方——決算カレンダーに完全合流させる

IFRS S1が求める“同期間・同時開示”を達成するには、サステナ情報の締め切りを決算カレンダーに完全に組み込む必要があります。具体的には、草案の作成、データ検証、注記確定、取締役会での承認、英訳といった工程を、財務決算と同じスケジュールで回すことが求められます。初年度は経過措置が認められる場合もありますが、監査法人や大手会計ファームの実務解説は「最終形は必ず同時開示」と強調しています。期中から予算と実績の整合チェックを行い、数字の矛盾を早期に解消することが、期末の差し替えリスクを避ける最善策です。

出典:KPMG「First Impressions(同期間・同時開示の要点)」  https://assets.kpmg.com/content/dam/kpmgsites/xx/pdf/ifrg/2024/isg-first-impressions-sustainability-reporting-general-and-climate-related-requirements.pdf

マテリアリティと会計影響の棚卸し——“どの数字がどの注記に出るか”

EFRAGの資料では、物理的リスクや移行リスクといったサステナ要素が財務に与える「予想財務影響」をどの注記と接続するかが例示されています。たとえば減損、引当金、耐用年数の変更などは、サステナ課題が数字に直結しやすい分野です。実務では、KPI定義書に「対応する注記番号」欄を設け、財務注記との接続関係を明確に記録することが効果的です。これにより監査対応時に「なぜこのKPIがこの注記につながるのか」を説明でき、再現性のある統合開示を実現できます。

出典:EFRAG「Illustrating Connectivity(想定財務影響の接続例)」

サステナビリティ開示と財務統合の“つなぎ方”(KPI⇔注記/想定財務影響/デジタル)

KPIと財務注記のひも付け——“直接接続”と“間接接続”を併用する

KPIと財務注記を結びつけるには、同額で直接参照できる「直接接続」と、複数科目の合算や分割による「間接接続」を組み合わせるのが実務的です。EFRAGの例示は、矛盾が発生した場合の説明方法まで含めて提示しており、監査や保証の場面で役立ちます。現場では、KPI定義書に「範囲・計算式・データ源・対応注記」を必須項目として盛り込み、改定履歴を厳密に管理します。こうした見える化の仕組みを会計方針と同じレベルで扱うことが、全社的に定着させる鍵となります。

出典:EFRAG「Connectivity例示(KPIと注記の接続)」

想定財務影響の開示——前提条件と和解(リコンシリエーション)を明記する

気候リスクや移行コスト、人材確保や法規制対応などの将来影響は、前提条件の違いによって金額が大きく変動する領域です。投資家に信頼される開示にするには、前提条件(シナリオ、炭素価格、人員計画など)を明確に示し、関連する財務注記との対応をはっきりさせることが不可欠です。さらに、期末には「和解表」を使ってサステナKPIと財務数値の増減を突き合わせるプロセスを整えます。これにより翌期以降の比較可能性が担保され、投資家の意思決定に資する情報提供が可能になります。

出典:EFRAG「Illustrating Connectivity(想定財務影響の接続例)」

デジタル・タグ付けで統合を仕上げる——IFRS SDTとESRS XBRL

サステナ情報を財務と統合する“仕上げ”として、デジタル・タグ付けが不可欠です。ISSBは2024年に「IFRSサステナビリティ開示タクソノミー(SDT)」を公表し、S1/S2の情報を機械可読にする枠組みを整えました。一方でEUではEFRAGがESRSのXBRLタクソノミーを策定し、欧州委員会とESMAによる採択を経て義務化が進む予定です。タグ設計をあらかじめ準備しておけば、英日二言語での開示や年次比較の自動化チェックが容易になり、統合報告の実効性を高めることができます。

出典:IFRS Foundation「IFRS Sustainability Disclosure Taxonomy 2024」
出典:EFRAG「Digital reporting with XBRL/ESRS XBRLタクソノミー」

サステナビリティ開示と財務統合の保証・監査(ISSA 5000・工程設計・省略の扱い)

国際保証基準ISSA 5000の位置づけ——“原則ベースで広く使える”

ISSA 5000は、IAASBが策定したサステナビリティ情報に関する国際保証基準で、フレームワークや対象分野を問わず適用できるのが特徴です。限定的保証(レビュー型)から合理的保証までを網羅し、証跡の提示や独立性の要件を原則ベースで整理しています。

企業はこの基準を前提に、保証範囲や手続を早めに保証人と調整しておくことが実務上有効です。初年度の負荷を下げるためには、保証対象とするKPIや注記を事前に定義し、クロージャーに組み込む必要があります。

出典:IAASB「ISSA 5000(サステナ保証の包括基準)」

監査で見られるポイント——“出した数字”だけでなく“省略・推計”の妥当性

保証や監査でチェックされるのは、開示された数値の裏付けだけではありません。Scope3のように外部データ依存度の高い領域では、推計の根拠や方法論が妥当かどうかも確認されます。また、マテリアルと判断されたテーマを省略する場合は、その根拠や将来対応計画を残すことが説明責任の一部になります。

監査人は「なぜこのデータは推計にとどまったのか」「どのように整備計画を立てているのか」といった点を重視するため、事前に社内で説明文案を準備しておくと負担が減ります。

出典:IAASB「ISSA 5000」

工程設計——“保証レビューの締切”まで含めたクロージャーを組む

サステナビリティ開示を財務と同時に出すには、保証レビューのスケジュールを決算カレンダーに含める必要があります。初年度は、①試行レビュー(ドライラン)、②一次レビュー、③差分是正、④最終レビューの4段階に分けると効率的です。CSRDが求める提出期限や電子形式要件も加味し、提出物の版管理とアクセス権限を会計側と共通化します。保証レビューを前提に組んだクロージャー表は、監査法人との合意形成にも直結し、安定した初年度対応を実現します。

出典:IFRS Foundation「IFRS S1(同時・同期間)」

サステナビリティ開示と財務統合の国際整合(ISSB×ESRS×統合報告)

ISSB×ESRSの相互運用——“重複を減らす”共同ガイダンス

2024年にISSBとEU当局が共同で発表した整合ガイダンスは、気候開示の重複を減らし、企業の二重対応負荷を軽くすることを目的としています。両制度の共通部分を特定し、同じ定義や前提条件で開示できる範囲を広げることが明示されました。複数制度下で報告する企業にとって、統合の効率性が格段に高まるため、国際整合の取り組みは今後ますます重要になります。

出典:Reuters「EU×ISSBの重複最小化」

統合報告フレームワークの活用——“つなぎ”の設計図として使う

IFRS基金の統合報告フレームワークは、財務情報とサステナ情報をひとつの価値創造ストーリーにまとめる設計図の役割を果たします。IFRSは、S1/S2との併用ガイドを提供し、KPIやビジネスモデル、資本配分を貫くストーリー構成の方法を示しています。企業はまず既存の統合報告書や有価証券報告書の目次を基準に、どこに接続の抜けがあるかを点検し、報告ラインを補強するのが現実的な対応です。

出典:IFRS Foundation/Integrated Reporting(フレームワークと併用ガイド)

IASB×ISSBの“コネクティビティ”施策——実務例と教育リソースが拡充

IASBとISSBは、両基準の接続性を強化するために共同アップデートやWebcastを継続的に提供しています。モニタリング・ボードも、同じ財団のもとで両基準を運営する意義を再確認し、教育リソースや実務事例の普及を後押ししています。企業はこれらの最新教材を社内教育に取り込み、具体的な接続の事例を参考にすることで、統合開示の実装をスムーズに進められます。

出典:IFRS Foundation「Connectivityリソース」

まとめ

サステナビリティ開示と財務統合の要点は三つに整理できます。第一に、IFRS S1やCSRDが定める“同期間・同時開示”を実現し、サステナと財務を同じ工程表で回すこと。第二に、KPIと注記のひも付けや想定財務影響の前提・和解を明確化し、投資家が追える透明性を確保すること。第三に、デジタル・タグ付けと保証を前提にした仕組みを早めに整え、ISSB×ESRS×統合報告を同じ言葉で結ぶことです。

これらを段階的に整えれば、制度対応は単なるコストではなく、資本市場に対する説明力を高める“投資”となります。短期的には工程の安定化を優先し、中期的には国際整合とデジタル対応を組み合わせることで、企業の開示は持続的に信頼性を高めていくでしょう。

カテゴリー:会計・財務

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