CBAMのコスト計上方法を最短でつかむ:IFRS観点と実務フロー

CBAMのコスト計上方法の基本を短時間でつかむ
CBAMの仕組みとコストの発生点
CBAMは、EU域内生産者が負担する炭素コストを、輸入品にも同等に課す仕組みです。EUに輸入する際、認可CBAM申告者が証明書を購入・保有し、年次サレンダーで充当します。証明書の単価はEU-ETSのオークション終値を基にした週次平均で決まり、1枚がCO₂換算1トンに対応します。
さらに、年次サレンダー前の四半期ごとに輸入分の80%以上を保有しなければならず、輸入進捗に応じて負担が積み上がります。これにより、実務では輸入時点でのコスト把握と期末での調整が不可欠になります。
出典:European Commission “Carbon Border Adjustment Mechanism”
CBAMコスト計上方法の全体像(IFRSのどこを見るか)
会計処理を検討するうえでは「どの基準を使い、いつ、いくらで」認識するかを定めることが重要です。棚卸資産(IAS 2)に基づけば、在庫の取得原価に組み込む方法が現実的です。
他方、義務の発生はIFRIC 21が示す「法定活動時点」での負債認識が参考になります。さらに、追加の見積りはIAS 37で扱い、証明書の位置付けはIAS 38の無形資産や前払費用との比較が必要です。こうした整理を通じて、自社に適した一貫したポリシーを定めることが、開示の信頼性につながります。
出典:IFRS Foundation「IAS 2/IAS 37/IAS 38/IFRIC 21」
連結グループと取引スキーム別の見方
グループ内でEU輸入者が誰か、インコタームズでどちらが通関・関税を負担するかによって処理は変わります。EU法人が輸入者であれば、その会計帳簿で処理されますが、日本親会社や商社が実質的にコストを背負う場合、連結レベルでは価格転嫁や社内取引の調整が必要です。
さらに、四半期ごとの80%保有義務があるため、輸入が集中する期末ではキャッシュフローに大きな影響が出ます。そのため、購買・在庫・会計・法務が連携して日常的に進捗を管理する仕組みを持つことが欠かせません。
CBAMコスト計上方法の「いつ」を決める:認識タイミング
輸入時点の現在義務とIFRIC 21の当てはめ
IFRIC 21は、課徴金の負債を「法令で定める活動」が行われた時点で認識すると規定しています。CBAMでは対象品をEUに輸入した時点がその活動にあたり、累積に応じて四半期末で80%保有義務が生じます。
実務では、輸入の都度負債や在庫原価を漸進的に認識し、四半期末には不足があれば追加購入を行います。最終的には、年次サレンダー(5月末)で差額を調整し、必要証明書と費用を確定させる流れとなります。
年次サレンダー・買い戻し・失効の会計整理
年次サレンダーでは、前年輸入分に対応する証明書を提出します。不足していれば追加取得やペナルティのリスクがあり、逆に余剰は翌年6月末まで買い戻し可能です。ただし未対応なら7月1日に失効します。
会計では、買い戻しが確実な分は資産として扱い、失効が見込まれる場合は早期に費用処理を検討します。開示上は、重要な見積りや不確実性の説明が必須であり、投資家に見通しを示すことで信頼性を確保できます。
出典:Regulation (EU) 2023/956(Art.22–23)
例外・控除(第三国炭素価格の控除、EU-ETS無料配分反映)
サレンダー時には、原産国で既に支払った炭素税や排出取引費用を差し引ける制度があります。さらに、EU-ETSの無料配分も調整要素として加味されます。これらの控除は必要証明書数を直接減らすため、早期に証憑を集めておくことが重要です。
サプライヤーからのデータ取得を契約上義務づけておくと、期末に慌てることなく精度の高い計算ができます。結果的に、在庫原価や負債額の確定も安定し、予算編成にも好影響を与えます。
CBAMコスト計上方法の「いくら」を固める:測定と配賦
証明書の単価前提(EU-ETS週次平均)と価格ボラティリティ
証明書単価は、EU-ETSのオークション終値を基にした週次平均で決まり、欧州委員会が公式に公表します。期末や決算日には、未サレンダー分や在庫残高について、この時点で観察可能な単価を使って評価します。炭素価格は相場要因で大きく変動するため、期末再測定で費用や評価損益に影響が出ます。経営管理上は、週次平均を基に感応度分析を行い、粗利やキャッシュフローへの影響を先に織り込むことが、安定した価格転嫁や資金計画に直結します。
出典:Regulation (EU) 2023/956(週次平均価格の算定方法)
期末在庫への配賦:IAS 2での扱い(輸入関税等との類比)
IAS 2は、在庫の取得原価に輸入関税や回収不能な税金を含めることを認めています。CBAM証明書は輸入品をEU域内で販売可能な状態にするための不可避コストと位置付けられるため、在庫原価に配賦する処理は理にかないます。実務では、推定排出量に単価を掛け合わせ、標準原価に組み込む方法が扱いやすいです。販売時に売上原価として費用化されることで、取引単位ごとの損益把握も容易になり、投資家への説明も一貫性を持たせることができます。
出典:IFRS Foundation「IAS 2 Inventories」
見積りとヘッジ:価格変動・数量不確実性の管理
必要証明書の数量は、埋込排出量データの精度に依存し、単価はEU-ETS相場に連動するため、二重の不確実性があります。社内統制上は、購買・需給・会計部門が共同で「数量×単価」の算出ロジックを統一し、月次で差異分析を実施するのが有効です。金融ヘッジについては、CBAM証明書自体の市場性は限定的であるため、相関性の高いEU-ETS先物などを利用する場合があります。ただし、ヘッジ会計の適用可否を慎重に判断する必要があり、IFRS 9との整合性を確認して進めることが欠かせません。
出典:Publications Office of the EU「CBAM関連規則」
CBAMコスト計上方法の「どこに表示するか」:表示・開示と会計方針
費用区分:売上原価か、税金・公課か、その他費用か
在庫配賦を選べば、販売時に売上原価に落ちる一方、課徴金として期間費用に計上する方法も理屈上可能です。重要なのは、グループ全体で方針を統一し、投資家にとって比較可能な情報を提供することです。IAS 2が認める“取得原価に含めうる支出”として扱うのが最も自然ですが、業種や契約条件により例外もあり得ます。いずれの場合も、注記で会計方針や見積りの不確実性を明示することで、投資家とのコミュニケーションがスムーズになります。
出典:IFRS Foundation「IAS 2 Inventories」
証明書の資産計上:無形資産か前払か(受け皿の決め方)
CBAM証明書は無形資産の定義に当てはまる可能性がありますが、市場で自由に取引されるわけではなく、制度上の性格が強い点に注意が必要です。そのため、短期的な引当消化用の前払費用として扱う企業も少なくありません。他方、無形資産として計上し、サレンダーで減少させる方法も理論的に成立します。いずれを選択するにしても、会計方針として明確に開示し、監査対応や投資家への説明で矛盾が生じないように整理することが欠かせません。
出典:IFRS Foundation「IAS 38 Intangible Assets」
引当金・負債の測定と開示:IAS 37をどう使うか
輸入済みで未サレンダーの分は、期末時点で現在義務が存在するとみなされます。その測定は「必要証明書数×期末単価」で算出し、控除可能な第三国炭素価格や無料配分、余剰失効リスクを加味して最良見積額を導きます。重要な見積りであるため、単価変動に対する感応度や翌期キャッシュフローへの影響を注記で説明することが望まれます。内部統制としては、輸入数量・排出係数・単価の三要素を別々に承認・監査できる仕組みを持つことが、保証対応の土台になります。
出典:IFRS Foundation「IAS 37 Provisions」
実務フローで回すCBAMコスト計上方法:データ・申告・価格転嫁
データ収集と検証:サプライヤー起点で“埋込排出量”を固める
最終的な証明書必要数は、サプライヤーからの排出データの質に依存します。四半期ごとの報告を通じて、工程別のエネルギー消費や原材料配合をCBAMレジストリに沿って蓄積する習慣を作ることが重要です。既定のデフォルト値を使う場合は上限規制に注意し、可能な限り実測値に切り替えると必要証明書数を抑制できます。契約書には、排出データの提出義務や遅延時の調整条項を盛り込み、購買と会計が連携して対応できるようにすることが実務の安定につながります。
申告・証明書管理:四半期80%保有と年次サレンダーの運用
四半期末には当年輸入分の80%相当を保有する必要があるため、輸入が集中する時期には余裕を持った証明書購入が不可欠です。年次では5月末に前年輸入分をサレンダーし、余剰分は6月末までに買い戻し可能ですが、対応しないと7月1日に失効します。これらを前提に、月次で保有数と必要数を照合する残高管理を行うのが安全です。制度改正により、期限延長や保有比率緩和の議論も進んでおり、最新動向をモニタリングする体制も欠かせません。
出典:Regulation (EU) 2023/956(四半期保有・年次サレンダー規定)
予算・価格転嫁・契約:粗利と運転資本を守る設計
CBAMコストは粗利とキャッシュフローに直結するため、品目別に排出原単位と予想数量を組み合わせた原価表を作成することが重要です。価格転嫁を進めるには、契約に「炭素価格調整条項」を盛り込み、相場変動や実測データに基づく追補精算を可能にしておくと安全です。運転資本への影響も大きいため、入荷スケジュールやリードタイムを考慮して、キャッシュ需要を平準化する工夫が求められます。こうした準備により、期末に大きな費用変動を避け、安定した経営管理が実現できます。
出典:European Commission「CBAM Guidance and Legislation」
まとめ
CBAMのコスト計上方法を整理すると、三つの柱に集約されます。第一に、制度の節目(週次平均価格、四半期80%保有、年次サレンダー)を社内で数式化し、進捗管理の基盤にすること。第二に、IFRSの基準(IAS 2、IAS 37、IAS 38、IFRIC 21)を参照し、自社に適した会計方針を明示すること。第三に、データ収集や契約に会計要件を組み込み、原価表や残高管理表をアップデートし続けることです。制度改正も動いているため、期限や比率の変更を逐次追いかけ、柔軟に会計方針を見直す姿勢が、利益計画と監査対応を安定させる近道になります。
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