グリーンウォッシュの会計リスクとは:規制動向・IFRSから見る管理と対策を解説

グリーンウォッシュと会計リスクの全体像
グリーンウォッシュ 会計リスクの基本:何が“誤り”と見なされるか
グリーンウォッシュとは、企業が「環境にやさしい」「カーボンニュートラル」といった主張を、十分な根拠がないまま外部に伝えることを指します。この範囲は非常に広く、広告、商品名、ファンド名、ウェブサイト上の説明、パッケージラベルなど、顧客や投資家に届くあらゆる情報が対象になります。
EUは2024年に消費者指令(2024/825)を改正し、曖昧または根拠のない環境主張を不当商慣行とみなしました。加盟国での施行は2026年9月から予定されており、対象企業は準備を進めなければなりません。
この改正により、環境に関する表示には「裏付けとなる証明(サブスタンシエーション)」を必ず伴わせることが常態化し、曖昧な宣伝は許されなくなります。結果として、虚偽や誤解を招く表示があれば、返金、課徴金、訴訟といった直接的な財務リスクにつながるのです。
出典:EUR-Lex「Directive (EU) 2024/825」
出典:European Commission News「Empowering consumers for the green transition」
英国・EUでの名称規律:FCA規則とESMAガイドライン
英国でも規制の動きは進んでいます。金融行動監視機構(FCA)は2024年5月に「反グリーンウォッシュ規則」を施行し、全ての認可業者に対して「正確で、明確で、誤解させない」表示を行うことを求めました。これにより、金融商品やサービスに関連する販売資料、ウェブ上の表現、さらには顧客との対話資料に至るまで、従来以上に厳格なレビューが求められることになります。
さらに、欧州証券市場監督局(ESMA)は、2024年にファンド名称ガイドラインを確定しました。ここでは「ファンド名にESGやサステナ用語を使用する場合、実際の投資の少なくとも80%がそれに整合していること」を求めています。つまり、名前と実態が一致しなければならないルールであり、名称の変更やパッケージ差替えのコストが会計上の見積りに直結します。名称の段階から厳しい基準が課されている点を理解しておくことが不可欠です。
出典:FCA「FG24/3 Finalised non-handbook guidance on the anti-greenwashing rule」
出典:ESMA「Guidelines on funds’ names using ESG or sustainability-related terms」
米国SECの執行事例:誤表示が財務に跳ね返る構造
米国証券取引委員会(SEC)も、投資信託や運用会社によるESG関連主張を重点的に監視しています。BNYメロンやゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント(GSAM)の事例は、内部手続と外部表示の齟齬が直接的に制裁へとつながった典型です。これらのケースでは、虚偽や不備が指摘され、制裁金や是正措置が科されました。
日本企業であっても、海外子会社や日本の投資家が関与している場合には、こうした事例が連結開示や注記の対象となり得ます。つまり、マーケティング上の一文が単なるPRの問題にとどまらず、偶発損失や重要な不確実性として財務諸表に反映される可能性があるのです。したがって、表示と数値の一貫性を平時から徹底しておくことが、企業にとっての防衛線となります。
出典:SEC Press Release(BNY Mellon)
出典:SEC Press Release(Goldman Sachs)
グリーンウォッシュ 会計リスクが財務数値に及ぶメカニズム
返金・課徴金・和解費用:IAS 37での引当判断(見出し3|フォント14)
消費者指令や金融規制の違反が確定した場合、返金や課徴金、和解費用が生じる可能性があります。このようなケースでは、IAS 37に基づき、現在義務が存在し、かつ信頼できる見積りが可能であれば引当金を計上する必要があります。見積りが幅を持つ場合は、合理的に最も妥当と判断される金額を計上し、注記で不確実性を説明します。
実務では、返金策を講じることが課徴金の減免や免除につながる可能性もあるため、会計と法務の連携が不可欠です。消費者庁も返金措置を取った場合の課徴金減額ルールを公表しており、リスク発生後の損失最小化には「会計処理と是正対応を同時並行で進める」姿勢が重要となります。
出典:IFRS Foundation「IAS 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets」
出典:消費者庁「景品表示法を取り巻く現状(返金措置等)」
設備・ブランド・のれんの減損:IAS 36での事業見通しの見直し
環境主張を前提に投入した設備やブランド施策が虚偽表示として否定されると、将来キャッシュフローやブランド力の前提が崩れます。その結果、回収可能価額(使用価値や正味売却価額)が下がり、減損を認識せざるを得ない状況が生まれます。たとえば、予想販売の縮小、価格引下げ、是正広告費用の追加は、CGU(キャッシュ・ジェネレーティング・ユニット)の割引キャッシュフロー見積りに直接反映されます。
のれんや無形資産を多く抱える事業では、広告の修正に見える事象でも、減損のトリガーになることがあります。そのため、期末の減損テスト前に前提を必ず更新し、注記では主要な前提や感応度分析を明確に開示することが必要です。
出典:IFRS Foundation「IAS 36 Impairment of Assets」
“表示”と“現物”のズレが在庫・売上原価に及ぼす影響
環境配慮をうたった製品が基準を満たさないと判明すれば、在庫の評価を見直し、必要に応じて評価損を計上する必要があります。また、再加工費用や返品対応費用が発生する場合もあります。販路で返品が合意されている場合には、収益認識の可否や返品調整累計の見直しも求められるでしょう。
こうした費用が一過性であっても、投資家への説明責任の観点からは「性質別に」注記で説明することが望まれます。在庫や粗利計画に与える影響を管理会計のロードマップと突き合わせて示すと、監査対応もスムーズになります。
出典:IFRS Foundation「IAS 1 Presentation of Financial Statements」
グリーンウォッシュ 会計リスクと開示・名称規
ISSB S1による“公正表示”の要請:完全・中立・正確
ISSB S1は、サステナビリティ情報について「完全・中立・正確」であることを原則として求めています。ここでいう「完全」とは、企業にとって不都合な情報を隠さずに示すこと、「中立」とは誇張や偏りを排すること、「正確」とは測定方法や根拠を誤解なく提示することを意味します。単なる数値の開示にとどまらず、排出量算定の前提、外部クレジット依存の割合、スコープ境界、データ限界など、背景を含めた全体像を示すことが重要です。
実務面では、PR文言や広告スローガンと開示数値を内部統制で結び付け、注記において「どの費用や投資と関連しているか」を橋渡しします。これにより、グリーンウォッシュと指摘されるリスクを下げると同時に、投資家や規制当局からの信頼性も高まります。
出典:IFRS Foundation「IFRS S1 General Requirements」
ESMA・FCAの名称・マーケ規律:ファンド名と広告の整合
欧州証券市場監督局(ESMA)は2024年に、ファンド名に「ESG」や「サステナ」関連用語を使用する場合の条件をガイドラインで確定しました。具体的には、名称に沿った投資割合が原則80%以上であることが求められ、名称と実態の整合が強く義務付けられました。既存ファンドには移行期間が認められていますが、名称変更や商品設計の見直しが不可避となるケースも想定されます。
英国の金融行動監視機構(FCA)も、2024年5月に「反グリーンウォッシュ規則」を導入し、金融機関の広告や顧客説明において「正確・明確・誤解を招かない」ことを義務付けました。この結果、販売資料、顧客説明資料、オンライン情報など幅広い領域が監査・レビューの対象となっています。会計面では、ラベル交換や在庫差替え、広告修正コストといった追加費用が発生し、これらは損益計算や注記に反映される可能性があります。
出典:ESMA「Guidelines on funds’ names using ESG or sustainability-related terms」
出典:FCA「FG24/3 Anti-greenwashing rule」
消費者保護法制:EU指令と日本の景表法
EUの消費者指令(2024/825)は、環境に関する表示を規制する重要な改正点として、根拠や将来主張(例:2030年カーボンニュートラル)の要件を強化しました。これにより、環境関連の主張は「検証可能であること」が前提とされ、各国法に落とし込まれる予定です。一方、グリーンクレーム指令案は2025年に撤回の方針が示され、今後は個別法と横断的な消費者指令が中心となっていく見込みです。
日本では景品表示法が虚偽や誇大広告を禁止し、環境表示に関する指針や執行事例が積み重ねられています。多国籍企業の場合、各国法規の要求水準が異なるため、最も厳しい基準を社内の標準に据えることがリスク管理上有効です。これにより、余分な修正対応を避け、実務コストを削減することが可能になります。
出典:EUR-Lex「Directive (EU) 2024/825」
出典:European Parliament「Green Claims Directive撤回方針」
グリーンウォッシュ 会計リスクを“監査・保証”で抑える
ISSA 5000(サステナ保証基準)の要点と影響
国際監査・保証基準審議会(IAASB)は2024年に「ISSA 5000」を公表しました。これは、サステナ情報に関する保証の包括的な国際基準であり、フレームワークやテーマを問わず幅広く適用できる原則ベースの基準です。限定的保証から合理的保証まで射程に入れ、証跡の整備、データ系統の信頼性、統制設計の妥当性といった観点が審査されます。
会計リスクの視点からは、根拠が不十分な環境主張が保証過程で指摘され、レポート修正や追加注記につながる可能性があります。そのため、導入前からデータの出所や文書管理、検証可能性を徹底することが、将来の監査コスト抑制と信頼性確保の両立に役立ちます。
出典:IAASB「ISSA 5000 General Requirements for Sustainability Assurance」
内部統制とデータ管理:PR・IR・会計・法務の“同じ一枚”
広告文言やIR資料は、サステナKPI、製品仕様、ライフサイクルアセスメント(LCA)データ、出荷実績と一気通貫で結びつけることが求められます。社内においては「表示 → 数値 → 根拠」を一枚のチェックリストで管理し、文言の変更が発生した場合には必ず会計部門・開示部門・法務部門のレビューを経るフローを組み込みます。
また、投資家説明会用のスライドやSNS投稿などもレビュー対象に含めることで、“言い過ぎ”や誤解を招くリスクを早い段階で排除できます。監査対応時には、数値を作成したプロセス、関与者、使用したデータ、検証記録を明確に整理し、四半期ごとに棚卸を行うと疑義に迅速に対応できます。
出典:ESMA「Final Report on Greenwashing」
規制動向のモニタリング:ESMA・IOSCO・国内規制の三本柱
欧州ではESMAがグリーンウォッシュに関する最終報告を発表し、監督当局による手法や指導が具体化しています。ファンド名ガイドラインと合わせて、名称や表示の線引きがますます厳格化しているのが現状です。さらに、IOSCO(証券監督者国際機構)は各国の監督実務を整理し、各地の監督当局間で情報を共有する取り組みを進めています。
日本国内でも、消費者庁が景品表示法関連の資料やガイドラインを公開しており、実際の執行事例に基づく解説も増えています。これらの公的資料は「どのような表現が違反にあたるのか」を明確に示しているため、会計方針メモや社内レビューの基準として活用しやすいものです。企業は定期的に規制文書を確認し、ルールの変化に即応できる体制を作っておく必要があります。
出典:IOSCO「Supervisory practices to address greenwashing」
出典:消費者庁「景品表示法 関連ページ」
今日から使える“実務フレーム”:グリーンウォッシュ 会計リスクの潰し込み
ステップ1:主張の棚卸しとエビデンスの紐づけ
最初のステップは、自社が外部に発信しているあらゆる「環境関連の主張」を漏れなく棚卸しすることです。ウェブサイト、広告、ラベル、プレゼン資料、有価証券報告書、統合報告書など、投資家や消費者の目に触れる可能性があるものを一覧化します。その上で、各主張に対して「測定方法」「対象範囲(自社/製品/サプライヤー/グループ)」「時点」「第三者検証の有無」「根拠ファイルの所在」を結び付けます。
EU指令2024/825やFCAの反グリーンウォッシュ規則では「一般消費者や投資家が誤解しないか」という観点が基準になります。したがって、証明が難しい将来目標(例:2030年までにカーボンニュートラル)は、前提条件や達成計画を明記し、進捗のトラッキング方法も示す必要があります。これにより、会計上の引当・注記だけでなく、保証に耐えられる説明を整えられます。
出典:EUR-Lex「Directive (EU) 2024/825」
ステップ2:IFRSの器に落とす(引当・減損・注記)
次のステップは、グリーンウォッシュによる会計リスクをIFRSのフレームワークに落とし込むことです。返金・課徴金・訴訟といった金銭的負担が見込まれる場合はIAS 37(引当金)を適用し、見積りの妥当性や実行計画の確度を監査人と早めに共有することが重要です。売価引下げや販路縮小が事業計画に影響するなら、IAS 36(減損)のテストを前倒しで実施し、ブランド価値や設備投資の回収可能性を検証する必要があります。
また、注記ではIAS 1に基づき「重要な見積りと不確実性」を明示することが求められます。たとえば「外部データの信頼度」「第三者検証の限界」「達成前提の不確実性」などです。ISSB S1が掲げる「完全・中立・正確」という原則を“注記の作法”に翻訳することで、投資家に納得感を与え、グリーンウォッシュと指摘される余地を狭められます。
出典:IFRS Foundation「IAS 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets」
出典:IFRS Foundation「IAS 36 Impairment of Assets」
出典:IFRS Foundation「IAS 1 Presentation of Financial Statements」
出典:IFRS Foundation「ISSB S1 General Requirements」
ステップ3:危機対応と再発防止(社内統制と外部保証の併用)
疑義が生じた場合は、会計・法務・広報が連携し、事実関係を即時に確定することが最優先です。その上で、(1)表示の修正、(2)返金やクーポンなどの救済策、(3)根拠の第三者再検証、(4)会計影響(引当・減損・注記)の評価を同時並行で進める体制を整えます。これにより、損害の拡大を防ぎつつ、投資家や規制当局への説明責任を果たせます。
また、外部保証(ISSA 5000)を活用すれば、是正後の表示や数値の信頼性を高められます。日本国内(景品表示法)と海外(EU/UK/US)の規制要件を一本化して「保証前提での主張づくり」を進めると、再発防止につながります。短期的には広告コストや社内レビュー工数が増える可能性がありますが、罰金・返品・監査延伸の累計よりは低コストで済む場合が多く、長期的には企業価値の保全につながります。
出典:IAASB「ISSA 5000 General Requirements for Sustainability Assurance」
まとめ
グリーンウォッシュの会計リスクは、単なる広告や表示の問題にとどまらず、財務諸表の数値や注記にまで影響を及ぼします。返金や課徴金はIAS 37での引当、設備やブランドの減損はIAS 36、注記での不確実性の説明はIAS 1と、複数の会計基準が直接関わります。さらにISSB S1は「完全・中立・正確」という原則を掲げており、これを内部統制と注記設計に組み込むことが不可欠です。
監査・保証の領域ではISSA 5000が導入され、表示と数値を裏付ける証跡や検証の重要性が一段と高まりました。社内では「表示→数値→根拠」を一本で結ぶフローを標準化し、疑義が出た場合も“事実確認→会計処理→開示→是正”の順に迅速に処理できる体制を整えることが肝要です。
規制は国・地域によって異なりますが、最も厳しい基準を自社標準に据えることで、余分な修正対応を減らし、安定した財務と開示を確保できます。会計と法務・広報が早期から関与し、グリーンウォッシュのリスクを先回りして管理することが、企業の信頼性と持続的な成長の基盤になります。
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