財務情報と非財務情報の統合報告のポイントとは?企業価値を高めるための実践ガイド

財務情報と非財務情報の統合報告のポイントとは?企業価値を高めるための実践ガイド
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財務情報×非財務情報の統合報告は、投資家や取引先が“数字とストーリー”を一体で判断できるよう、財務情報とサステナ情報を同じ期間・同じタイミングで、かつ共通の用語を用いて接続する取り組みです。 IFRS S1は「財務と同じ期・同じ公表タイミング」を要請し、EUのCSRDも管理報告書での統合開示を前提にしています。この記事では、統合の目的と制度的背景、設計プロセス、KPIと注記の“ひも付け”、デジタル・タグ付け、さらにISSBとESRSの橋渡しまでを、初めて担当する人でも迷わない順に整理しました。

財務情報×非財務情報統合報告の基本(ねらい・制度・前提)

統合報告のねらい:財務情報×非財務情報を同じ土台で説明する

統合の最大の目的は、財務の“結果”とサステナの“原因・前提”を一冊の年次報告書でつなげ、投資家に「だからこの業績になった」「だから将来はこう動く」と理解してもらうことです。財務数値だけでは伝わらないリスクや人的資本の活用度合いを、非財務情報と組み合わせることで初めて企業の全体像が見えるようになります。

IFRS財団が維持する統合報告フレームワーク(IR Framework)は、財務資本・製造資本・人的資本・知的資本・社会関係資本・自然資本の六つを整理し、財務とサステナを“価値創造の物語”にまとめるための設計図として使えます。実務では、ISSBやESRSなどの開示基準と“併用”するイメージが自然であり、統合報告は「年次報告書の構成をどう考えるか」を指し示す役割を果たします。

出典:IFRS Foundation「Integrated Reporting」
出典:IFRS Foundation「Value Reporting Foundationリソース」

IFRS S1が示す前提:“同期間・同時”で出すこと

ISSBのIFRS S1は、サステナ関連財務情報を「財務諸表と同じ報告期間」で「同時に」公表することを明確に規定しています。これは単なる理念ではなく、決算カレンダーにサステナの締切を完全に組み込むことを意味します。

例えば、月次仮締めやレビューの締日、翻訳や役員会承認のスケジュールを財務と合わせて管理することが必須です。初年度には移行措置が認められる場合もありますが、最終的には“同期間・同時”の原則に収れんするため、工程表・承認フロー・注記番号確定日の一本化を早い段階で進めることが、手戻りのない実務につながります。

出典:IFRS S1「General Requirements for Disclosure of Sustainability-related Financial Information」

CSRD(EU)における“管理報告書での統合”

EUのCSRDは、サステナ情報を「管理報告書(経営報告書)」の中に組み込み、財務と同じ期間をカバーすることを基本線としています。FAQでは、提出期限やデジタル形式、保証との関係性が整理されており、企業が“財務の器にサステナを載せる”発想で準備を進めることを後押ししています。

実務的には、グループの連結範囲や報告単位を財務と合わせ、財務部門・サステナ部門・IR部門・法務部門が同じ工程表で動くことが肝要です。これにより「財務とサステナのどちらが正か」で迷うリスクを抑えられます。

出典:European Commission「CSRD FAQ」

財務情報×非財務情報統合報告の設計(体制・プロセス・接続性)

体制設計:ボードの監督と“財務×サステナ×IR×事業”の分担

統合報告を実現するには、まず「誰が監督し、誰が作るか」を明確にする必要があります。経営陣は監督と方針決定、取締役会や委員会は承認権限を持ちます。財務部門は注記整合と工程管理、サステナ部門はデータ定義と集計の品質担保、IR部門はストーリーづくりと投資家目線での整合性確認、事業部門は一次データの供出を担当する、といった分担が典型です。

英国FRCのストラテジック・レポート指針は「非財務情報を戦略やビジネスモデルと結びつけ、会社の物語を語る」役割を強調しており、章立てや役割分担を設計する際の実務的参考になります。

出典:UK FRC「Guidance on the Strategic Report」

プロセス設計:“同期間・同時”に合わせた決算カレンダー

IFRS S1の前提を満たすには、サステナ側も月次仮締め→四半期レビュー→年次確定を「決算カレンダー」に完全に組み込む必要があります。草案作成、根拠文書の確定、役員会承認、翻訳、デジタル・タグ付けまでを一本の工程表に落とし、各工程の責任者を明示しておくことが欠かせません。

特に「注記番号」や「KPI定義」の確定日を設定することは重要で、これにより直前での差し替えを防止できます。財務とサステナのカレンダーを重ね合わせることで、締め直前の混乱を回避でき、監査対応の負荷も減らせます。

出典:IFRS Foundation「Introduction to ISSB and IFRS Sustainability Disclosure Standards」

接続性(Connectivity)の設計:何と何を“結ぶ”のか

EFRAGが公表した“Connectivity”の例示資料は、サステナ情報と財務注記をつなぐ具体的な手法を提示しています。例えば、サステナKPIと財務注記を同額で結ぶ「直接接続」と、複数の財務科目を合算・分解して結ぶ「間接接続」があります。

また、想定財務影響(例:減損、引当、耐用年数の変更)を説明する際には、どの注記と関係するのか、差異が生じる理由は何かを併記することが求められます。実務では、KPIごとに“対応注記欄”を定義書に組み込むことで再現性が高まり、監査や保証での説得力も増します。

出典:EFRAG「Illustrating Connectivity(例示集)」

KPIと財務注記を“ひも付ける”実務(データ・測定・和解)

KPI定義書×注記マッピング:直接接続と間接接続を使い分ける

KPIを財務注記と結びつける方法は、大きく分けて「直接接続」と「間接接続」があります。直接接続は、KPIの金額が財務注記とそのまま一致する場合に適用します。一方、間接接続は複数の科目を合算したり分解したりして、注記に対応させる方法です。どちらを採用する場合でも、KPI定義書に「範囲・計算式・データ源・責任者・改定履歴・対応する注記番号」を必ず記載することが重要です。

矛盾が出た際は、その原因(期間の違い、範囲の違い、評価手法の違いなど)を注記に明記し、次期に向けた改善計画を示すことが求められます。こうした“ひも付け”を可視化することで、監査や保証の際に説得力を高められるだけでなく、社内で人事異動があってもスムーズに引き継げる体制を作れます。

出典:EFRAG「Illustrating Connectivity(例示集)」

想定財務影響の書き方:前提と“和解(リコンシリエーション)”

将来の財務影響、例えば移行コストや物理的リスク、人権対応に伴う追加コストなどは、前提の置き方で大きく数字が変わる領域です。ここでは「シナリオ(気候・規制動向)」「価格(炭素・電力・人件費)」「数量(需要・人員)」といった前提条件を明確に開示する必要があります。さらに、関連する財務注記への参照を必ず付すことで、投資家が数字の裏付けをたどれるようにします。

期末には「和解表」を用意し、KPIと財務数値の増減がどのようにつながっているかを示すと、翌期以降の比較可能性を確保できます。EFRAGの例示は、こうした想定財務影響の記載に接続性をどう盛り込むかを具体的に示しており、実務担当者にとって参考になります。

出典:EFRAG「Illustrating Connectivity(例示集)」

デジタル・タグ付けで“仕上げる”:IFRS SDTとESRS XBRL

統合報告の最終工程では、デジタル・タグ付けが重要な役割を果たします。ISSBは2024年にIFRSサステナビリティ開示タクソノミー(IFRS SDT)を公表し、S1/S2の開示を機械可読にできる仕組みを整えました。EUではEFRAGがESRSのXBRLタクソノミーを作成し、2024年8月に欧州委員会とESMAへ引き渡しています。

タグ設計を早期に進めると、多言語開示や年次比較、注記整合の自動チェックがしやすくなります。理想は、財務タグ(IFRS/ESEF)とサステナタグ(IFRS SDT/ESRS)を統一し、同じKPIに異なるタグがつかないようにすることです。こうした準備は、監査や保証の工程でも効率化につながります。

出典:IFRS Foundation「IFRS Sustainability Disclosure Taxonomy 2024」
出典:EFRAG「ESRS XBRLタクソノミー(公表・引渡し)」

財務情報×非財務情報統合報告の“表現と骨格”(マテリアリティ・ストーリー・国際整合)

マテリアリティの扱いとフレームの活用(IR Framework/Integrated Thinking)

統合報告を読ませる上で重要なのは「投資家の意思決定に影響するテーマ」に集中することです。単に情報を羅列するのではなく、ビジネスモデル・資本配分・リスク管理をひと続きの流れで説明することが求められます。

IFRS財団のIR Frameworkは、財務KPIと非財務要素を一体化して“価値創造の物語”にする設計を支援します。また、SASBスタンダードは業種ごとに重要な指標を明示しており、ISSBのS1/S2と組み合わせることで投資家視点の報告が強化されます。実務的には、まず既存の有価証券報告書や統合報告書の目次を棚卸しし、情報の重複や欠落を可視化することが出発点になります。

出典:IFRS Foundation「Integrated Reporting/移行ガイド」

出典:IFRS Foundation「Value Reporting Foundationページ」

ストラテジック・レポートの作り方:戦略・ビジネスモデル・KPIを一本に

英国FRCのガイダンスは、非財務情報を「戦略」「ビジネスモデル」「主要リスク」「業績指標(KPI)」に直結させる骨格を提示しています。数値だけではなく、方針・行動・成果を“時間軸”に沿って説明することで、読者が「だから来期の数字はこう動く」と納得できる構成になります。

実務では、章立ての段階で「KPIがどの注記に結びつくのか」を決めておくと、後から矛盾が出にくくなります。この方法は、ストーリーと数値を結びつけるための標準的な型として活用できます。

出典:UK FRC「Guidance on the Strategic Report」

多基準対応の今:ISSB×ESRSの重複最小化

多国籍企業にとっては、ISSBとEUのESRSという複数基準への対応が避けられません。こうした中で両者は「重複を最小化する」ための共同ガイダンスを進めており、特に気候開示の領域から整合が始まっています。

具体的には、温室効果ガス排出量、ガバナンス、リスク管理、指標・目標といった共通部分を本文に置き、差分は注記や付録で補うのが現実的です。こうした国際整合の流れを踏まえれば、統合報告を「一冊で二つの基準に耐える構成」に寄せる判断がしやすくなります。

出典:Reuters「EU×ISSBの重複最小化」

実装ステップ:財務情報×非財務情報統合報告を“回る仕組み”にする

ステップ1:骨子とスコープを決める(章立て・範囲・責任者)

最初に取り組むべきは“統合の骨子”を決めることです。報告の対象範囲(連結・持分法適用会社・バリューチェーンのどこまでを含めるか)を財務連結とそろえ、章ごとに責任部署とレビュー者を明確化します。あわせて、目次の段階で各KPIと対応する財務注記を割り付け、根拠ファイルの所在(作成部門・システム・日付)を一覧化します。

さらに、IFRSのIR FrameworkやISSBの用語に合わせた“定義集”を用意すると、社内で「同じ言葉」を使えるようになり、執筆やレビューが格段にスピードアップします。

出典:IFRS Foundation「Integrated Reporting」

ステップ2:データと締めルールを“財務カレンダー”に完全合流

KPIの計算式(対象範囲・データ源・計算方法)を確定したうえで、月次仮締め→四半期レビュー→年次確定というプロセスを財務の決算カレンダーに完全に統合します。各KPIには「確定日」と「注記番号確定日」を設定し、変更がある場合は差分票で管理するのが実務的です。

また、想定財務影響の前提(価格・数量・シナリオ)と感応度分析はテンプレート化して、期ごとに再利用できる仕組みを作ります。最終段階ではIFRS SDTやESRS XBRLのタグ案を並べ、用語・単位・小数点の表記を統一することが不可欠です。

出典:IFRS Foundation「IFRS S1(同期間・同時開示の要件)」
出典:IFRS Foundation「IFRS Sustainability Disclosure Taxonomy 2024」

ステップ3:監査・保証・デジタル提出までを“ワンパス”に

統合報告は「出稿して終わり」ではなく、監査・保証・デジタル提出までを一気通貫で回す必要があります。工程表には、保証人のレビュー節点(草案・一次レビュー・最終レビュー)を組み込み、提出期限(CSRDや有価証券報告書の締切)に合わせて設計します。

特に、タグ付け済みのドラフトを用意し、数字・注記・タグの3点を突き合わせる事前チェックは不可欠です。ISSBとESRSの双方に対応する場合は、共通部分を本文に、差分を付録に寄せることで再現性を高められます。外部レビューを前提に、文書化の粒度を早めに引き上げておくと、翌年以降の手戻りが大幅に減ります。

出典:欧州委員会「CSRD FAQ」

まとめ

財務情報×非財務情報の統合報告を実務で成功させるための要点は三つに整理できます。

第一に、IFRS S1とCSRDが示す“同期間・同時”の原則を守り、財務の決算カレンダーと完全に合流させること。これにより、財務とサステナの情報を切り離さず、同じ基盤で出すことができます。

第二に、KPI定義書と財務注記の“接続”をルール化し、想定財務影響の前提と和解表(リコンシリエーション)を整備して、投資家が数字の裏付けを追える状態にすること。透明性と比較可能性を高めることで、外部からの信頼を獲得できます。

第三に、IFRS SDTやESRS XBRLを使ってデジタル提出を前提とし、ISSB×ESRSの重複を最小化した設計に寄せること。国際整合の動きを踏まえた効率的な体制が、監査対応と資本市場での説明力の両立につながります。

これらを“ひとつの工程表”で動かす仕組みにできれば、読みやすさと監査耐性の両方を同時に手に入れることが可能になります。

カテゴリー:会計・財務

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