スモールM&Aの「価格相場・目安」とは?小さく始める買収・承継のリアル

スモールM&Aの「価格相場・目安」とは?小さく始める買収・承継のリアル
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スモールM&Aの価格相場や目安は、初心者には分かりづらいテーマです。大企業のM&Aと違い、明確な「定価表」や「標準価格」は存在しません。その理由は、店舗の立地やブランドの強さ、従業員の定着度合い、設備の状態、既存顧客の継続率など、案件ごとに事情が大きく異なるからです。 そこで実務では、「価格の目安式」や「倍率レンジ」を使い、さらに仲介手数料やデューデリジェンス(買収前の専門調査)などの追加費用を加えた総支払額で判断するのが基本です。 本稿では、相場が定まらない理由、代表的な価格算定方法、業種別の倍率感覚、そして交渉や支援制度の利用方法まで、一気通貫で整理しました。

スモールM&Aの「価格相場・目安」をどう捉えるか

なぜ“相場”がはっきりしないのかを理解する

スモールM&Aに明確な価格表がないのは、案件ごとに影響する要素が多すぎるからです。たとえば、同じ年商1億円でも「駅前の人気飲食店」と「郊外の小規模工場」では価値が大きく違います。設備の状態、顧客の再現性、従業員が定着しているかどうか、リース契約や保証内容の有無など、個別事情が価格に直結するからです。

また、価格は最終的に「売り手と買い手の交渉」で決まります。そのため、不動産や株式市場のように一律で確認できる“時価表”は存在しません。したがって、まずは「完全な相場は存在しない」と理解したうえで、実務で使われる目安やレンジを手がかりに考えるのが現実的です。

よく使う“価格の目安”:純資産+利益年数 or EBITDA倍率

実務でよく使われる算定式には、次の二つがあります。

  1. 純資産+営業利益の2〜5年分 → 小規模案件では「会社に残っている資産」と「数年分の利益」を合算して価格を見積もる手法が一般的です。

  2. EBITDA倍率方式 → EBITDA(利払い前・税引前・減価償却前利益)に倍率をかける方法です。倍率は事業の安定度や成長性、参入障壁の高さなどに応じて変わります。

重要なのは、どちらの計算方法も“スタート地点”でしかないということです。実際の交渉では、成長余地やリスク調整を加えて価格は上下します。一つの試算方法に依存せず、複数の見方でレンジを持っておくことで、交渉相手と根拠をすり合わせやすくなります。

金額感のレンジ(スモールM&Aの肌感)を把握する

スモールM&Aの成約レンジは非常に幅広く、数百万円から数千万円が中心です。さらに、業種や事業の規模によっては1〜2億円程度に達することもあります。

  • 小規模店舗や個人事業:数百万円規模

  • 中小の製造業・建設業・BtoBサービス業:数千万円〜1億円未満が中心

  • 戦略的価値(シナジー)が大きい場合:1〜2億円クラスに跳ね上がることも

大切なのは、単に「表面価格」だけでなく、仲介手数料やデューデリジェンス費用を含めた“総支払額”で予算を組むことです。これを怠ると「予想より費用が膨らんだ」という事態になりかねません。

出典:マザーマザ総合研究所「M&A価格は交渉で決まる・中小企業では目安を置く考え方」
出典:マザーマザ総合研究所「『純資産+利益年数』目安の紹介」
出典:補助金の広場「スモールM&Aの価格帯に関する解説」

「価格相場・目安」に影響する評価の基本

資産・収益・将来性の三層で整理する

価格算定式だけでは「なぜその数字になったのか」という納得感が不足します。そのため実務では、以下の三つの視点を組み合わせて評価します。

  1. 資産価値:現預金や棚卸資産、機械設備などの時価を把握

  2. 収益力:過去から直近の営業利益やEBITDAの安定性を確認

  3. 将来性:受注残高、顧客のリピート率、解約率、単価改善余地などの伸びしろ

買い手が本当にお金を払うのは「将来も安定して稼げる再現性」です。そのため、補助金に依存する売上や単発的な案件は評価が下がりやすい一方、ストック収入やリピーター顧客が多い場合は高く評価されます。

倍率感の目安(業種ごとの差)

公開データは限られていますが、実務解説で示されるEBITDA倍率の感覚は次の通りです。

  • 全体平均:約5〜6倍

  • 飲食業:約6倍

  • 製造業(機械・電子部品など):約5倍

  • 建設業:約4倍

ただし、これは「大まかなレンジ」でしかありません。実際の交渉では、立地や顧客の集中度、技術者の確保状況、下請け構造などによって大きく変動します。倍率はゴールではなく、交渉を始めるための“入口”です。

「株式譲渡」と「事業譲渡」で実質価格が変わる理由

M&Aの契約形態には「株式譲渡」と「事業譲渡」があります。

  • 株式譲渡:会社ごと引き継ぐため、許認可や契約をそのまま維持しやすい。ただし簿外債務(帳簿に載っていない負債)のリスクもある。

  • 事業譲渡:欲しい資産や契約を選んで引き継げる。しかし、再契約や許認可の再取得が必要になり、移行コストが増える。

さらに、税務処理や消費税の扱いも異なるため、同じ「表面上の価格」でも、最終的な手取りや移行コストを考慮した「実質価格」には違いが出ます。交渉では、この“実質的な負担”まで見据えて判断する必要があります。

出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(評価・説明の考え方の明確化)」
出典:補助金の広場「業種別の倍率レンジ」
出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(契約類型・留意点の整理)」

「手数料・費用」の目安を先に押さえる(総支払額で考える)

仲介の成功報酬:レーマン方式の標準レンジ

スモールM&Aでは仲介会社が関与するケースが多く、その成功報酬は「レーマン方式」と呼ばれる料率表に基づいて決まります。これは、取引金額の区分ごとに料率が下がっていく方式です。

たとえば、時価総資産額が5億円以下の部分には5%、5〜10億円の部分には4%、10〜50億円の部分には3%…という具合です。ただしスモールM&Aの場合は金額規模が小さいため、最低手数料が設定されていることも多く、表面の料率よりも「結局いくら支払うのか」を確認する必要があります。さらに、場合によっては買い手側にも同じように仲介手数料がかかることがあるため、双方のコスト構造を事前にすり合わせておくことが大切です。

着手金や手数料の開示:最新ガイドラインと登録制度

2024年に改訂された「中小M&Aガイドライン(第3版)」では、仲介会社やFA(ファイナンシャル・アドバイザー)に対して、業務範囲と対価の明示が義務化されました。これにより、「相手方の手数料を含めてどの範囲で誰が負担するのか」を契約前にしっかり確認できるようになっています。

また、2024年度からは登録支援機関に対して手数料体系の公表が義務化され、公式データベースから誰でも確認できる仕組みが整備されています。広告や利益相反のルールも明確化されたため、初心者でも安心して比較検討がしやすくなっています。契約前には「いつ、いくら、どの業務に対して発生するのか」「不成立時に返金されるのか」まで書面で確認することが推奨されます。

デューデリジェンス費用の目安(小規模〜中規模)

M&Aのプロセスでは、買い手が行う「デューデリジェンス(DD:買収前調査)」に費用がかかります。調査内容は財務・税務・法務が中心ですが、規模やスコープによってIT、人事、ビジネス全般に広がることもあります。

スモールM&AのDD費用は、一般的に100〜500万円程度が相場です。中規模案件になると200〜500万円に上がることもあります。調査範囲をしっかり絞り込み、複数の専門家から見積もりを取ることで、数十万円から100万円単位でコストを抑えることが可能です。

なお、DD費用は原則として買い手の負担ですが、売り手側も必要な資料をきちんと整理して提供することで、調査時間や工数が減り、最終的に費用全体を抑えることにつながります。

出典:日本M&Aセンター「報酬表(レーマン方式)」
出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」
出典:中小企業庁「手数料体系の公表開始」
出典:パラダイムシフト「DD費用の一般的レンジ」
出典:Nexill Partners「デューデリジェンス費用の解説」
出典:Mitsuki Japan「中小企業向けデューデリジェンス費用」

「価格交渉」を有利にするための準備と着眼点

運転資本調整と有利子負債の取り扱いを先に詰める

M&Aの現場でよくあるトラブルが「引き渡し後に資金残高が想定より少ない」というケースです。これは、運転資本(売掛金・在庫・買掛金)や有利子負債の扱いを事前に詰めていないことが原因です。

株式譲渡の場合は負債も含めて引き継ぐことになるため、純有利子負債を控除した企業価値(EV方式)で計算するのか、株式価値ベースで計算するのかを先に合意しておく必要があります。さらに、運転資本については「通常水準からの過不足を調整する条項」を契約に盛り込むのが一般的です。これにより、引き渡し時の資金残高に関するトラブルを防ぐことができます。

表明保証・補償(W&I)とクロージング条件を点検する

表明保証とは、財務・契約・労務・知財などについて「事実である」と売り手が保証する条項です。もし違反が発覚した場合には補償が行われるため、紛争予防に役立ちます。

スモールM&Aで見落とされがちなリスクには、未払い残業、退職給付、許認可の失効、リース契約の不利な条件などがあります。

これらはクロージング条件(最終的に取引を成立させるための条件)で「是正済みであること」を確認するのが基本です。必要に応じて、表明保証保険(W&I保険)を利用するケースもあります。費用対効果を考える際には、DDで把握したリスクとのバランスをとることが重要です。

破談コストを抑える:段階ゲートと“Go/No-Go”の明確化

M&Aでは、最終的に交渉が破談に終わることも少なくありません。その場合でも、デューデリジェンスや専門家費用は発生してしまいます。こうした「回収不能コスト(sunk cost)」を抑えるためには、段階的なゲート管理が有効です。

たとえば、基本合意前は公開情報や簡単なQ&Aで仮説を固め、基本合意後に財務・法務など必須のDDを行い、さらに必要ならITや人事に範囲を拡大するというステップ方式をとります。各段階で「Go(続行)/No-Go(中止)」を判断することで、破談時の無駄な費用発生を最小限にできます。

この仕組みを事前に合意し、スケジュールに組み込んでおけば、買い手と売り手の双方が安心して進めることができます。

出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(契約・引継ぎ時の留意点)」
出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(契約トラブルの実例と対処の方向性)」
出典:マザーマザ総合研究所「M&A費用の構造と発生ポイント」

どこで探すか:プラットフォーム活用と公的支援

マッチングサイトの料金と価格帯の目安を把握する

スモールM&Aを始めるにあたって、「どこで案件を探せばよいか」は最初の悩みどころです。現在はオンラインのM&Aマッチングサイトが普及しており、個人や中小企業でも比較的手軽に案件を探すことができます。

多くのプラットフォームでは、売り手の掲載や交渉が無料である一方、買い手には月額課金や成功報酬がかかる仕組みになっています。例えば、TRANBIは「成約手数料ゼロ」の月額制プランを提供しており、500万円以下の小規模案件から選択できるプランも用意しています。一方、バトンズは売り手側の掲載を無料にしつつ、支援プランを利用する場合は成約価格の5%(最低55万円・税込)が必要です。

つまり「どんな規模の案件を探すか」によって、選ぶべきプラットフォームと料金モデルが変わります。事前に料金体系と案件価格帯の対応関係を把握しておくと、効率よく検索・比較できます。

公的支援:引継ぎ支援センターの無料相談と成約事例

民間仲介だけでなく、公的支援を利用できる点もスモールM&Aの特徴です。各都道府県に設置されている「事業承継・引継ぎ支援センター」では、無料相談やマッチング支援を受けられます。

このセンターでは、仲介会社の選び方、手数料の確認方法、契約書の注意点など、初心者がつまずきやすいポイントを整理して教えてもらえます。さらに、センターが公開している成約事例を見れば、業種や規模ごとの実例を学ぶことも可能です。公的支援と民間仲介を併用して、相見積もりで比較検討するのが賢いやり方です。

価格形成を有利にする“事前整備”:資料・人・契約

価格を有利に形成するには、資料や体制を事前に整えておくことが効果的です。買い手が重視するのは「将来の再現性」であり、その裏付けになる情報がしっかり用意されているほど安心感が高まり、値引き交渉の余地が減ります。

具体的には、月次試算表、顧客リスト、主要契約書、在庫台帳、設備リスト、許認可の有効性確認、人材の就業条件などを揃えることが重要です。また、主要人材の退職防止策や、重要契約の承継同意を事前に確保しておくことも、価格維持に直結します。これは大規模案件に限らず、スモールM&Aでも同じです。準備の丁寧さが、価格相場の“上側”を取る鍵となります。

出典:PR TIMES「TRANBIの料金・運用の概要」
出典:UREBAラボ「TRANBIの料金プラン紹介」
出典:バトンズ「料金ページ」
出典:東京都事業承継・引継ぎ支援センター「公式サイト」
出典:大阪府事業承継・引継ぎ支援センター「成約事例」
出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(開示・説明責任の明確化)」

支払総額を見誤らないための“コスト表”の作り方

価格(株式価値/事業価値)+仲介報酬+実費で積み上げる

M&Aでは、表面上の譲渡価格だけを見て判断すると危険です。実際に支払うのは、次の合計です。

  1. 譲渡価格(株式価値か事業価値かによって違う)

  2. 仲介成功報酬(レーマン方式や最低手数料)

  3. デューデリジェンスや法務・税務の実費

  4. 移行コスト(システム調整、契約再締結、在庫調整など)

さらに買い手は、運転資本調整の影響も考慮に入れる必要があります。売り手側も税引後の手取りを試算し、退職金、負債返済、保証解除の費用まで計算に入れましょう。これらをExcelなどで「前提条件」を変えながら試算できるようにしておくと、交渉時に意思決定がスムーズになります。

小規模案件こそ“最低手数料”とDD範囲のバランスを見る

特にスモールM&Aでは、譲渡価格が小さいために最低手数料が比率的に大きな負担になる傾向があります。そのため、DD(デューデリジェンス)の範囲を合理化したり、売り手側が資料を事前に整理することで、調査の効率を上げてコストを抑える工夫が重要です。

また、2024年度からは仲介手数料体系の開示が義務化されているため、複数社から見積もりを取り、業務範囲と成果物の粒度(レポートの精度や探索範囲)まで比較することができます。

“目安”は入口、最後は案件固有の理由で決め切る

相場の「倍率」や「式」はあくまで入口にすぎません。例えば飲食店でも、駅前の居抜き物件でブランド力がある店と、郊外で需要が限られる店では、同じ売上でも価値はまったく違います。

製造業や建設業では、主要人材の確保や取引先の継続意向が価格に直結します。つまり最終的には、案件固有の強みやリスクを言語化し、「この条件だからこの価格である」と納得できる説明を両者で共有することが交渉成立の近道です。

出典:日本M&Aセンター「報酬表(レーマン方式)
出典:パラダイムシフト「DD費用の一般的レンジ
出典:Nexill Partners「デューデリジェンス費用の解説
出典:中小企業庁「手数料体系の公表開始
出典:補助金の広場「業種別の倍率レンジ

まとめ:スモールM&Aは「価格の目安×費用の見える化」で判断する

スモールM&Aには、株式市場のように明確な相場表は存在しません。その代わりに、実務では「純資産+利益年数」や「EBITDA倍率」といった目安の計算式を出発点にし、業種ごとの倍率感やリスク調整でレンジを決めていきます。

さらに、仲介成功報酬(最低手数料を含む)やデューデリジェンス費用などを加えた総支払額で意思決定することが重要です。近年は登録制度やガイドラインにより、手数料の透明性も高まっています。また、マッチングサイトや公的支援センターを活用することで、入口の情報収集や比較も容易になっています。

最後に強調したいのは、資料や人材、契約などの“事前整備”が価格に直結するという点です。準備を丁寧に進めれば、相場の“上側”でまとめられる可能性が高まります。つまり、スモールM&Aで成功するための基本線は「価格の目安を理解し、費用を見える化し、案件固有の強みをきちんと整理する」ことに尽きます。

カテゴリー:経営・戦略・M&A

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