事業譲渡の税務とは?消費税・のれん・印紙税・登録免許税までを解説

事業譲渡の税務とは?消費税・のれん・印紙税・登録免許税までを解説
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事業譲渡の税務を理解するうえで最初に大事なのは、「資産を一括ではなく“個別”に移す取引」だという点です。株式譲渡では会社そのものの所有権が移動しますが、事業譲渡は在庫・機械・ソフトウェア・のれん(営業権)といった資産をひとつひとつ選んで移します。 そのため課税の考え方も資産ごとに変わります。例えば在庫や機械、のれんといった資産は原則として消費税が課税対象ですが、土地は非課税とされています。さらに、不動産が含まれる場合は登録免許税や不動産取得税も発生し、契約書には印紙税がかかります。加えて、のれんについては税務上は原則5年で償却する決まりがあります。 この記事では、事業譲渡に関する税務を「対価配分(按分)の方法」「消費税の課税・非課税の線引き」「のれんの扱いと会計・税務のズレ」「印紙税・登録免許税・不動産取得税の概要」さらに「株式譲渡や会社分割との違い」「実務でのチェックポイント」まで、初心者の方にも理解できるよう、丁寧に整理して解説していきます。

事業譲渡 税務の全体像と“資産ごと”の考え方

事業譲渡は資産・負債を選んで移す取引(税務も個別判定になる)

事業譲渡とは、売り手が持つ事業用の資産や負債の中から、機械設備、在庫、顧客契約、ブランド、ドメイン、ソフトウェアといった項目を“選択して”買い手に移す取引です。そのため税務上も「資産ごとに判定する」という考え方になります。具体的には、在庫や機械設備、のれんといった資産は課税対象となる一方、土地は非課税資産に該当します。

もしこの区分をあいまいにして契約を総額で進めてしまうと、後になって「この部分は課税か非課税か」といった説明を求められ、消費税の過不足や申告の修正対応が必要になるリスクがあります。株式譲渡は「株式」という有価証券そのものを譲渡するため消費税は非課税となりますが、事業譲渡は資産の集合体を移すため、課税対象と非課税対象が混在するのです。実務では最初に「個別資産の集合体」として整理し、契約書の別紙に資産の明細を記載することから始めると、税務上のトラブルを避けやすくなります。

売り手と買い手で発生する税目が違う(見積りは“総額”で)

事業譲渡では、売り手と買い手で負担する税目が大きく異なります。売り手は、譲渡価額から簿価を差し引いた部分が譲渡益となり、それに法人税などが課税されます。一方、買い手は、取得する資産が課税資産にあたる場合には消費税を負担し、不動産を含む場合にはさらに登録免許税(登記の際に課される国税)や不動産取得税(地方税)も必要となります。

つまり、同じ売買価格でも「資産の内訳」によって買い手の税負担額は変わってくるのです。そのため交渉の前に、資産ごとの対価配分を仮にでも設定して「総額でどれくらいの支出になるか」を確認しておくことが欠かせません。これにより、双方の認識にズレが生じにくくなります。

“包括的に一括譲渡だから非課税”ではない(按分が前提)

「営業一式をまとめて譲渡したから非課税になるのでは?」と誤解されることがありますが、事業譲渡の場合、消費税は“課税資産の部分にだけ”かかるという整理です。土地や有価証券は非課税ですが、建物・機械・在庫・のれん・ソフトウェアといった資産は消費税が課されます。

契約書上は総額だけが記載されていても、税務上は「合理的な根拠をもとに資産ごとに配分」する必要があります。たとえば評価会社によるレポートや独立した見積書などを準備しておけば、税務申告や会計監査の際、さらには将来の説明責任にまで対応できるため安心です。

出典:国税庁「営業の譲渡をした場合の対価の額」
出典:国税庁「No.6145 資産の譲渡の具体例(消費税)」
出典:国税庁「No.6201 非課税となる取引(有価証券の譲渡 等)
出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」

事業譲渡 税務の要点① 消費税と“対価配分(按分)”

課税資産と非課税資産を先に仕分けし、配分比率を決める

消費税は「国内で事業として対価を得て行う資産の譲渡」に課税されます。事業譲渡の場合も同様で、在庫・機械・什器・のれん・ソフトウェアといった資産は課税対象、土地や株式は非課税となります。この区分を曖昧にして総額で処理してしまうと、消費税の計算に誤りが生じかねません。

そこで、まず資産ごとに課税・非課税を仕分け、合理的な基準に基づいて配分比率を決めることが重要です。具体的には、固定資産台帳に基づく時価評価、在庫の評価、無形資産の評価メモなどを整え、実務で説明が通る資料を揃えておきます。

株式譲渡は非課税だが、関連費用の扱いにも注意する

株式は「有価証券」にあたるため、その売買は消費税法上、非課税取引として扱われます。つまり、株式を譲渡するだけで消費税が発生することはありません。

ただし注意が必要なのは、株式の売買に関連して発生する手数料や仲介料などの費用の扱いです。これらの費用は「非課税売上にのみ対応する課税仕入れ」として扱われる場合があり、その場合は仕入税額控除の対象にならないケースがあります。

特に消費税の計算では「課税売上割合(控除割合)」という考え方があり、売上の中で課税売上と非課税売上の比率に応じて仕入税額控除が制限される仕組みがあります。株式譲渡を行う際には、この課税売上割合への影響をしっかり把握しておかないと、申告時に控除できる消費税が減り、予想以上の税負担になることもあります。

事業譲渡と株式譲渡を比較するときには、単に「株式は非課税」という表面的な違いにとどまらず、関連費用の扱いや申告への波及効果まで見ておくことが重要です。

“営業の譲渡”でも課税資産部分は課税、契約別紙で固定する

「営業をまとめて譲渡する場合は非課税では?」と誤解されることもありますが、実際には違います。営業を一体として譲渡しても、資産の中に課税資産が含まれていれば、その部分については消費税が課されます。例えば建物や機械、在庫、のれん、ソフトウェアなどがそれにあたります。

契約書に「営業一式 ○億円」といった形で総額だけを記載することも多いですが、それでは税務上の要件を満たしません。必ず契約書の別紙に「資産ごとの明細」「それぞれの対価配分」「課税/非課税の区分」を整理して明記することが求められます。

この別紙を準備しておけば、インボイス制度の対応や会計処理、申告書作成、さらには監査対応の場面でも、根拠資料として活用できます。評価や配分の根拠を残しておくことは、取引後の説明責任を果たすための保険とも言えます。

出典:国税庁「営業の譲渡をした場合の対価の額」
出典:国税庁「No.6145 資産の譲渡の具体例(消費税)」
出典:国税庁「No.6201 非課税となる取引(有価証券の譲渡 等)」
出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」

事業譲渡 税務の要点② のれん(営業権)と税務償却

会計の“のれん”と税務の“資産調整勘定”は期間が違う

事業譲渡で支払った金額が、譲渡された資産や負債の時価純資産を上回ると、その差額は「のれん」と呼ばれます。会計上はこののれんを無形資産として計上しますが、税務上は「資産調整勘定」という別の扱いになります。ここで重要なのは、会計と税務では償却期間が異なるという点です。

日本の会計基準ではのれんは最長で20年まで分割して償却できますが、税務上は原則として5年で均等に償却するルールになっています。このため、会計上の費用化のスピードと税務上の費用化のスピードに差が生じ、決算と申告の間で調整が必要となります。もし経営者や経理担当がこのズレを把握していないと、利益計画や納税資金計画に食い違いが生じるリスクがあります。事前に「会計では何年、税務では何年で費用化されるか」を共有しておくことが、スムーズな資金計画につながります。

税務は原則5年均等償却(負ののれんも5年で調整)

税務上の資産調整勘定は、原則として5年間で均等に償却することが定められています。たとえば会計上で10年や15年といった長い期間で償却していても、税務では5年間で費用化する必要があるため、申告書では別表調整を行うことになります。

さらに、のれんがプラスではなくマイナス、つまり「負ののれん」が生じた場合も、基本的には5年間で均等に調整していきます。こうした償却の前提となる評価は、DCF法やマルチプル法といった企業価値評価手法に基づく場合が多いですが、その際には「どの評価方法を選び、どんな根拠で採用したのか」を文書に残しておくことが重要です。税務調査や監査の場面で、合理的な説明が求められるからです。

のれんは“消費税の課税資産”——配分で納税額が変わる

のれんは無形資産ですが、消費税のルール上は課税資産に分類されます。そのため、譲渡資産全体に占めるのれんの割合が大きい場合には、それに応じて消費税の納税額も大きくなります。

例えば、譲渡総額のうちのれんが半分以上を占めるようなケースでは、その金額に対して消費税が課されるため、買い手にとって負担が大きくなるのです。このため、のれんの金額をどのように算定したのか(純資産時価との差額なのか、個別資産評価によるのか、シナジー効果まで織り込んでいるのか)を明確に記録しておき、第三者に説明できるようにしておくことが実務のポイントです。

出典:国税庁「(改正概要)資産調整勘定の取扱い 等」※関連資料トップ/資産調整勘定=税務上の“のれん”の5年償却の位置付け。詳細は各年度改正資料を参照) 
出典:国税庁「No.6145 資産の譲渡の具体例(のれんは課税資産)」

事業譲渡 税務の要点③ 印紙税・登録免許税・不動産取得税

事業譲渡契約書には“印紙税”(第1号文書)がかかる

事業譲渡契約書には契約金額が記載されるのが一般的で、その場合は印紙税法上の「第1号文書」に該当します。印紙税額は契約金額の規模によって決まり、たとえば1千万円超~5千万円以下の契約書では2万円、5千万円超~1億円以下なら6万円、1億円超~5億円以下なら10万円が必要です。

また、近年では電子契約を利用するケースも増えていますが、紙の契約書と電子契約では印紙税の扱いが異なります。そのため、契約締結前に最新版の印紙税額一覧表を確認し、自社の契約形態に応じて正しく対応することが求められます。

不動産が含まれると“登録免許税”(登記時の国税)が発生

事業譲渡に不動産が含まれる場合には、所有権移転登記を行う必要があり、その際に「登録免許税」という国税がかかります。課税の仕組みは「課税標準×税率」で決まり、例えば売買による土地の所有権移転登記には本則2.0%がかかります。ただし、一定の時期には軽減措置が設けられていることがあり、その場合は税率が引き下げられることもあります。

こうした軽減措置は時限的なもので期限が設定されているため、適用を受けられるかどうかは常に最新の法務局・法務省の情報を確認して判断する必要があります。

取得後に“不動産取得税”(地方税)もかかる

さらに、不動産を取得すると、登記の有無や取得原因(売買・贈与など)にかかわらず「不動産を取得した」という事実そのものに課税される「不動産取得税」が発生します。これは地方税であり、原則として税率は4%です。ただし、土地や住宅については特例措置により3%へ軽減されるケースが多くあります。

不動産取得税は引渡し後に納税通知書が届く形で課されることが一般的です。納付期限や申告手続は自治体ごとに異なるため、必ず自治体の公式サイトや案内資料に基づいて確認することが必要です。

出典:国税庁「印紙税の手引(第1号文書:営業の譲渡契約書など)」
出典:国税庁「No.7100 課税文書に該当するかどうかの判断」
出典:法務局「登録免許税に関するお知らせ(税率の軽減 等)」
出典:国税庁リーフ「登録免許税の税率の軽減措置(PDF)」
出典:福岡県「不動産取得税(概要・納める人)」

事業譲渡と“他のスキーム”の税務比較(株式譲渡・会社分割)

株式譲渡:消費税は非課税、登記コストは原則生じない

株式譲渡は「会社の株式という有価証券」を売買する取引です。したがって、株式は有価証券にあたり消費税の非課税対象となります。また、会社名義で保有している不動産の所有者が変わらないため、登録免許税や不動産取得税といった登記関連の税負担も基本的には発生しません。

ただし、株式譲渡では買い手が会社の資産や負債を簿価ベースでそのまま引き継ぐのが原則となります。つまり、事業譲渡のように「税務上ののれん(資産調整勘定)」を新規に計上して5年で償却するといった節税効果は得られないのです。節税や投資回収の観点で比較した場合、株式譲渡はシンプルで手続コストが低いものの、税務メリットは限定的という特徴があります。

会社分割:包括承継の組織再編、消費税は非課税側の整理

会社分割は、法律に基づいた組織再編スキームであり、資産・負債・契約・許認可を包括的に承継できる仕組みです。実務上の大きな違いは、事業譲渡が「課税資産には消費税がかかる」のに対し、会社分割は包括承継という性格から「消費税は非課税扱い」と整理される点です。

もちろん、細かい論点や特殊ケースによっては個別の確認が必要ですが、一般的な整理としては「事業譲渡=消費税が発生する、会社分割=消費税は非課税」という対比になります。また、会社分割は労働契約や許認可の承継が制度上整っているため、関係する契約の再締結や承認手続の負担が軽減されるメリットもあります。その代わり、登記や公告といった会社法上の手続きが求められるため、準備やコストを比較検討する必要があります。

価格の妥当性と利害関係人への説明可能性もセットで

事業譲渡は資産を選んで移せるため柔軟ですが、その一方で「対価の妥当性をきちんと示すこと」や「利害関係人に納得してもらうこと」が重要な課題となります。譲渡価格が不当に安すぎる場合には、税務当局から否認されるリスクがあったり、債権者や従業員とのトラブルの火種になる可能性があります。

そこで、中小M&Aガイドラインの趣旨に沿って、適正な評価根拠を提示し、資産ごとの対価配分についても説明可能な資料を揃えておくことが実務の安全策になります。単に税務だけでなく、ステークホルダーへの説明責任まで意識することが、スムーズな取引につながります。

出典:国税庁「No.6201 非課税となる取引(有価証券の譲渡=株式)」
出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)— スキーム比較の留意点」
出典:事業承継ポータル(中小企業庁)

事業譲渡 税務の実務チェック——契約・会計・申告をつなぐ

別紙で“資産明細・対価配分・税区分(課税/非課税)”を固定

実務では、契約書に「資産明細」「資産ごとの対価配分」「課税・非課税の区分」を別紙として添付し、固定しておくのが基本です。例えば「土地=非課税」「建物・機械・在庫・のれん・ソフトウェア=課税」といった具合に明記し、それをインボイス発行、会計仕訳、申告書作成の共通ルールとして扱えるようにします。

加えて、見積書・評価表・時価の判断メモといった評価根拠も保存しておくことが大切です。後日、監査法人や税務調査官に質問された際に、一貫した説明ができるようになるからです。

不動産を含むかで“登記・地方税・スケジュール”が変わる

事業譲渡の対象に不動産が含まれる場合には、追加で負担すべき税や手続きが生じます。まず登記時には登録免許税が必要となり、その後には不動産取得税が課されます。これらはいずれも「課税標準×税率」で計算されますが、土地の売買については一定期間だけ適用される軽減措置がある場合があります。

この軽減措置は時期によって適用条件が変わるため、必ず法務局や自治体の最新情報で確認することが必要です。さらに、引渡しから登記、そして税の納付・申告までのスケジュールを全体として組み込むことが、実務の流れを安定させます。

印紙税・のれん・消費税の“つまずきポイント”を先回りで解消

事業譲渡では、印紙税・のれん・消費税に関してつまずきやすいポイントがいくつかあります。印紙税は契約金額に応じて段階的に増えるため、契約を紙で行うのか電子契約にするのか、金額区分はどこに当たるのかを事前に確認する必要があります。

のれんは税務上5年で償却するため、会計上の処理とのズレを別表調整で補う準備が求められます。また、消費税については課税・非課税の按分を誤ると大きな影響が出るため、インボイス制度への対応を含めて、契約書や請求書のフォーマットを最初から整えておくのが実務的に有効です。

出典:国税庁「No.6145 資産の譲渡の具体例」
出典:法務局「登録免許税のお知らせ(税率の軽減)」
出典:国税庁「印紙税の手引」
出典:福岡県「不動産取得税」

まとめ:事業譲渡 税務は「資産ごとの線引き」と「総額見積」で迷わない

事業譲渡は、資産をひとつひとつ切り分けて移すため、消費税の課税・非課税の区分が重要になります。のれんは税務上、原則5年で償却する扱いになり、不動産を含む場合は登録免許税や不動産取得税が追加されます。さらに、契約書には印紙税もかかります。

実務をスムーズに進めるには、契約書の別紙に「資産明細・対価配分・税区分」を明記し、評価根拠も一緒に保存しておくことが欠かせません。これにより、会計処理や申告、監査、税務調査といったあらゆる場面で一貫した説明が可能になります。

また、株式譲渡や会社分割と比較する際には、「消費税がかかるかどうか」だけでなく、登記や地方税の有無、のれん償却の可否といった要素を含めて「総額ベース」で判断するのがポイントです。こうした整理をしておくと、意思決定の迷いが減り、事業譲渡の検討を安全に進められます。

カテゴリー:経営・戦略・M&A

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