政策保有株の売却の進め方ー実務で迷わない手順と社内外対応について解説

政策保有株 売却 進め方の基本
政策保有株とは(まずは前提をそろえる)
政策保有株は、取引・提携の維持など事業上の目的で保有する上場株式のことです。コーポレートガバナンス・コードは、取締役会が毎年、個別銘柄ごとに目的の妥当性や便益・リスクを点検し、縮減方針や検証結果を開示することを求めています。
売却の判断はこの年次検証の延長線上に位置づきます。まず“純投資ではない”という前提と、年次の見直し義務を社内で共通理解にします。
2025年前後の制度・開示の要点(何が求められているか)
2025年の「コーポレートガバナンス改革アクション・プログラム」は、資本コストや株価を意識した経営の実効化を後押しし、ボードの説明責任や年次報告書(ASR/有報)での情報充実を促しています。
東証は“投資家の視点を踏まえた要点と事例”を公表し、企業側にわかりやすい説明と進捗の開示を促進しています。プライム銘柄の英文開示環境(TDnetの英語開示ゲート)も整い、海外投資家との情報非対称は縮小方向です。売却計画は、こうした期待水準を前提に設計します。
売却の意思決定フロー(社内体制と進め方の骨子)
基本は、①保有目的の棚卸し、②便益と資本コストの比較で売却基準を策定、③縮減KPIと期間を取締役会で決定、④関係先・銀行・投資家への説明計画、⑤売却手段の選定と実行計画、⑥規制・開示の最終点検という順番です。
実務では“誰が・いつ・何を持ち寄るか”をシート化し、四半期ごとに進捗を追うとブレが減ります。補助線として、コードの「クロスシェアホールディングに関する開示・縮減」要請を全社で共有しておくと、現場の判断が揃います。
出典:Japan Exchange Group「Japan’s Corporate Governance Code(Principle 1.4 Cross-Shareholdings)」
出典:金融庁「Action Programme for Corporate Governance Reform 2025」
出典:JPX「Considering the Investor’s Point of View(Key Points and Examples)」
出典:JPX「English Disclosure via TDnet」
政策保有株売却の初動の設計(政策保有株 売却 進め方の起点)
方針と基準の文書化(開示まで見据えた設計)
最初に会社としての「政策保有株の縮減方針」と「売却基準」を紙に落とします。保有目的の定義、検証方法、判断基準、KPI、開示方針までをひとつの文書にまとめ、取締役会付議と社内規程に位置づけます。
外部開示(ガバナンス報告書・有報・IRサイト)のどこに何を書くかも事前に決め、翌期以降の更新フォーマットを用意します。英文開示の運用も早めに決めておくと、海外投資家向けIRがスムーズです。
売却の優先順位づけ(便益×資本コストで整理)
銘柄ごとに、事業便益の実在性、資本コストに見合うか、相場への影響、関係先への代替施策の用意しやすさ、という観点で優先順位を付けます。
アニュアルの検証結果(取締役会での個別審議)を基礎データにすると、議論が早くなります。KPIは「保有額・銘柄数」「目的変更・売却の実行数」「資本配分の実行額」など、四半期で追えるものにすると、社内の合意形成が進みます。
ステークホルダー説明の準備(誰に・何を・いつ)
取引先には、売却の狙い(資本効率・リスク管理)と、事業関係の維持・強化策(契約・価格・共同施策)をセットで提示します。
金融機関には、財務指標への影響や資本政策との整合を数字で示し、コベナンツへの影響が軽微であることを確認しておきます。投資家向けには、規模・期間・資金使途・KPIを一枚で示し、四半期ごとに進捗を開示する前提で話すと納得感が高まります。
出典:JPX「Enhancing Corporate Governance(各種資料への導線)」
出典:JPX「English Disclosure via TDnet」
出典:JPX「Key Points and Examples Considering the Investor’s Point of View」
政策保有株売却における実務プロセス(政策保有株 売却 進め方の手順)
売却手段の比較:市場内・ToSTNeT・ブロック・自己株
売却手段は主に四つです。①通常の市場内売却(立会)で流動性を使う、②ToSTNeT(立会時間外取引)を使って終値や大口の注文をまとめる、③証券会社経由のブロックトレードで相対的に一括処理する、④相手が自社の自己株式取得(ToSTNeT-3)に応じる方法です。
ToSTNeTには単一銘柄・バスケット・終値取引などの類型があり、マーケットインパクトやスピードのバランスで選びます。自己株買いの有無も早めに検討しておくと打ち手の幅が広がります。
税務・会計の基本(譲渡益課税・評価・表示)
法人の株式売却による益金・損金の取り扱いは、法人税基本通達や実務解説で整理されています。計上時期や例外の有無は契約成立日・受渡日・決済条件などで変わるため、税務・経理と早めにすり合わせます。
会計面では、(日本基準の場合)金融商品会計基準や実務対応報告を確認し、評価区分や表示の整合をチェックします。IFRS適用会社は公正価値・OCIの扱いも併せて点検すると安全です。
3.3 規制・開示対応(インサイダー規制・適時開示)
検討・交渉・実行の各段階で、未公表の重要事実を扱う可能性があります。売買管理、情報遮断(チャイニーズウォール)、決定事実の公表タイミングなど、インサイダー規制のQ&Aを踏まえた運用が欠かせません。
開示の要否や書きぶりは、東証の「会社情報適時開示ガイドブック」を参照し、迷ったときの根拠メモを残す習慣をつけます。実務は、IR・法務・広報・主幹事の連携を“最初から”走らせるとトラブルが減ります。
出典:JPX「ToSTNeT Market(制度概要)」
出典:国税庁・法人税情報(参考)
出典:企業会計基準委員会(ASBJ)「金融商品に関する会計基準」
出典:金融庁「インサイダー取引規制に関するQ&A」
出典:JPX「会社情報適時開示ガイドブック」
社外コミュニケーション(政策保有株 売却の伝え方)
主要取引先との協議(株式保有なしでも続く関係づくり)
“株式の保有=関係の深さ”という誤解を解き、事業の中身で関係を強くすることに軸足を移します。価格・品質・共同マーケティング・技術連携などの代替施策を提示し、売却の理由と同時に“これからの価値交換”を提案します。
交渉の場では、相手社内で使えるQ&Aとスケジュールを一枚で渡すと、先方の説明負荷を下げられます。結論だけでなく、期日と検証の方法まで言語化するのがコツです。
金融機関・メインバンクとの調整(懸念の先回り)
売却の狙い、資本政策との整合、主要財務指標への影響をあらかじめ数字で説明します。運転資金・コミットメントライン・財務制限条項への影響を早期に確認し、必要なら契約上の手当てを行います。
監督当局・取引所の改革趣旨は広く共有されているため、論点整理ができていれば合意は進みやすくなります。英文開示の運用も含め、対外発信のタイムラインを共有しておくと安心です。
投資家・アナリストへのメッセージ(KPIと資本配分)
投資家が知りたいのは「なぜ今」「どれだけ」「どう使うか」です。売却規模・期間・資金使途(成長投資・配当・自己株買い)をKPIと一緒に示し、四半期ごとに進捗を更新します。
説明は、投下資本の回転や事業別ROIC、資本コストへの目配りがあると説得力が増します。東証の“投資家の視点”資料に沿ってストーリーを整えると、対話の軸がブレません。
出典:金融庁「Action Programme for Corporate Governance Reform 2025」
出典:JPX「English Disclosure via TDnet」
出典:JPX「Key Points and Examples Considering the Investor’s Point of View」
政策保有株売却の事例・ベンチマーク(政策保有株 売却の勘所)
東証・金融庁の要請と市場の流れ(縮減と開示強化)
当局は“名目だけの目的変更”ではなく、実態の見直しと開示の質を重視しています。アクション・プログラム2025やJPXの各種資料は、ボードの説明責任と投資家向け情報の水準を具体化しました。
英文開示の整備や、投資家の視点に基づく事例集の更新は、社内の意思決定と社外対話を結びつける実務の土台になります。
開示事例の型(社内資料と有報・CG報告書の整合)
標準的な書きぶりは、①基本方針、②年次検証の進め方(便益×リスク×資本コスト)、③縮減方針と実績(銘柄数・金額の推移)、④目的変更・売却の理由、という構成です。
社内の棚卸し資料と、有報・ガバナンス報告書・IRサイトの記載を揃えると、投資家との対話がスムーズになります。JPXのホワイトペーパーや「投資家の視点」資料は、表現の統一にも役立ちます。
指標インパクトの考え方(ROE/ROIC・WACC)
売却は、余剰資産の圧縮による回転改善、含み益の顕在化、再配分(成長投資・還元)を通じて指標に効いてきます。ROICなら分母(投下資本)と分子(NOPAT)の両面、ROEなら自己資本効率、WACCなら不要なリスク資産の削減と投資家の期待収益率の説明力がポイントです。
効果は規模・期間・使途で変わるため、KPIとあわせて“いつ・どこまで”を先出しするのが賢い設計です。
出典:JPX「White Paper on Corporate Governance 2023」
出典:JPX「Key Points and Examples Considering the Investor’s Point of View」
まとめ
政策保有株の売却は、方針と基準を先に決め、関係者説明→手段選定→規制・開示対応→KPI運用の順で進めると迷いません。
単発の売却に終わらせず、継続的な縮減と資本の再配分まで一体で設計し、四半期で進捗を公開するのが王道です。社内の意思決定と社外の対話を両輪で回し、資本を本業に振り向ける筋の良いストーリーを描いていきましょう。
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