営業担当者必見!パイプラインカバレッジを使いこなす:何倍が目安か/計算と運用の実務

パイプラインカバレッジ とは/基本と考え方
定義と計算式:まずは“パイプライン÷目標”
パイプラインカバレッジとは、ある期間に見込める受注予定の案件金額を、その期間の売上目標(クォータ)で割った比率のことです。式で表すと「Pipeline Coverage=Total Pipeline Value ÷ Sales Target」となります。例えば四半期の売上目標が1億円で、期内にクローズが見込まれるパイプラインが3億円であれば、カバレッジは“3倍”という計算になります。HubSpotやMosaicといった海外のセールステック企業の資料でも同様の説明が確認できます。
重要なのは、「本当にその期間内にクローズする見込みのある案件」だけを含めることです。期ズレが濃厚な案件や、実際には進展の見込みが薄い案件まで入れてしまうと、倍率は大きく膨らみますが実態を反映しません。そのため、四半期の途中(例:第3週)で一度スナップショットを固定し、それ以降は新規流入や失注などの差分を別に管理する運用が有効です。米国の営業コンサルタントKellogg氏も、「第3週スナップショットで3倍のパイプラインがあれば、実際の売上達成率は約33%程度と解釈できる」と述べています。
何倍が目安か:3〜4倍を起点に、前提条件で調整する
「パイプラインカバレッジは何倍が目安か」という問いは、営業現場で常に議論になります。一般的には3〜4倍を目安にする解説が多く、SaaStrも「常時3〜4倍が必要」と推奨しています。景気が厳しい時期や競争が激化する環境では、4〜5倍を求めるケースもあるとされています。Salesforceも以前は「2倍で十分」としていたものの、近年は「3倍以上」を推奨する方向にシフトしており、環境要因によって要求値が厚くなる流れが見られます。
ただし「一律3倍」は万能ではありません。たとえば勝率が20%しかない場合は、5倍程度のパイプラインがなければ不足します。逆に勝率が35%あり、商談サイクルも短いのであれば、2.5〜3倍でも十分なケースがあります。スタートアップのように市場学習が必要なフェーズでは、4〜5倍と厚めに設定する一方で、成熟した事業の更新・拡張が中心の場合は2.5〜3倍でも回せます。結局のところ「3倍神話」に頼るのではなく、自社の実データをもとに倍率を再計算する姿勢が重要です。
未加重とステージ加重:二つの見方の違い
パイプラインカバレッジの計算には二つの手法があります。
未加重カバレッジ(Unweighted):全案件を100%と仮定して合計し、目標で割る。計算が単純で、素早く「量が足りているか」を確認できる。
ステージ加重カバレッジ(Weighted):案件ごとにステージ別の勝率を掛けて金額を割り戻し、合算して目標で割る。より現実的なフォーキャストに役立つ。
例えばDiscoveryステージを20%、Evaluationを40%、Proposalを60%、Commitを90%と設定し、それぞれ案件金額に掛け合わせる方式です。勝率の設定は感覚ではなく、過去12か月程度の実績から導くのが基本です。
未加重は「量の不足を一目で把握」するのに便利で、加重は「達成確度を確認」するのに適しています。実務上は両方をダッシュボードで並べて表示し、意思決定に応じて使い分けるのが定石です。
出典:HubSpot「Pipeline Coverage」
出典:Mosaic「Pipeline Coverage Ratio」
出典:SaaStr「Benchmarks for Sales Productivity in SaaS」
出典:Kellblog「Pipeline Coverage Target of 3x」
出典:Coefficient「How to Build and Track Weighted Sales Pipeline」
目標から逆算する設計(勝率・サイクル・新規/既存で変わる“適正倍率”)
勝率から逆算:必要カバレッジ=1 ÷ 勝率
必要なカバレッジを算出する一つの基本は、「1 ÷ 勝率」という考え方です。勝率25%であれば4倍、20%なら5倍が理論上の目安になります。ただし実務では「失注」だけでなく「期ズレ」も必ず起きるため、目安にさらに0.5〜1倍ほどのバッファを持たせるのが現実的です。歴史的に3倍が標準とされてきたのも、勝率30%程度+期ズレ分を加味した結果といえます。
勝率は商材やチャネルで大きく異なります。例えば新規直販では20%、既存顧客の拡張では45%、パートナー経由では30%など、状況によって大きな差が出ます。全社を一律に「3倍」とするのではなく、セグメント別に倍率を分けて設計する方が精度が高まります。
セールスサイクルと期ズレ:長いほど倍率は厚めに
商談期間が長いと、期内にクローズしきれず次期に持ち越される案件が増えます。そのためエンタープライズ領域のように3〜6か月超の商談が多い場合は、勝率が同じでも倍率を厚めに置く必要があります。一方、SMBや既存顧客の拡張などリードタイムが短い場合は、倍率を薄めにしても実態に合います。
実務では、例えば「先月の期首カバレッジ ÷ 実績売上=必要倍率」として翌月に適用する「トレーリング法」も使われます。自社の過去データをベースに倍率を更新することで、外部の一般的なベンチマークよりもぶれが少なく運用できます。
新規・拡張・更新で倍率を分ける
パイプラインカバレッジの最適値は、案件の種類によっても異なります。新規開拓は不確実性が高いため4〜5倍、既存拡張は3〜4倍、更新は2〜3倍程度が目安です。Forresterの「B2B Revenue Waterfall」でも、機会のタイプによって転換率や速度が大きく変わることが指摘されています。
この考え方を社内に落とし込むと、例えば「新規の不足はマーケティング施策で補う」「既存拡張の不足はカスタマーサクセスがヘルススコア改善で対応」といった具合に、誰が不足分を解消するかを明確にできます。
出典:Kellblog「Pipeline Coverage Target of 3x」
出典:Mainsail Partners「Measure Pipeline Health」
出典:Forrester「Variety of Revenue Opportunities in B2B」
パイプラインカバレッジの計算(式・サンプル・途中経過の見方)
未加重カバレッジ:最速で“量”を確認する方法
もっとも基本的で分かりやすいのが「未加重カバレッジ(Unweighted)」です。やり方はシンプルで、(1)期内にクローズする見込みのある案件をすべて抽出し、(2)金額を合計、(3)その合計を売上目標で割る、という三つの手順だけです。
たとえば四半期の売上目標が1億円で、期内に見込みのある案件が2.5億円なら、パイプラインカバレッジは2.5倍という計算になります。多くのSFA/CRMベンダーも、この計算式を基本定義として採用しており、まずは「足りているか、足りていないか」を素早く把握する粗チェックに向いています。
ただし、この方法の欠点は「すべての案件を100%成約する前提」で数えるため、実際よりも楽観的な数値になりやすい点です。特に初期ステージの案件が多いと倍率が膨らみ、“実際には未達”ということも起こります。そのため、ダッシュボードでは「初期ステージ案件は別枠で表示」しておくなど、誤解を避ける工夫が必要です。
ステージ加重カバレッジ:達成確度を現実的に測る
より精度の高い見方をするには「ステージ加重カバレッジ(Weighted)」を使います。これは案件の進捗ステージごとに勝率を設定し、その確率を掛けて金額を割り戻す方式です。
例えば以下のように設定します:
Discovery(初期商談):20%
Evaluation(評価):40%
Proposal(提案):60%
Commit(確度高):90%
この確率を案件金額に掛けて合算し、売上目標で割ればWeightedカバレッジが算出できます。重要なのは、この確率を“感覚”ではなく、過去12か月など実績データから定期的に更新することです。
Weightedを導入すると「未加重では3.5倍あるのに、Weightedでは1.8倍しかない」といった“見かけと現実の差”が分かるようになります。つまり、初期案件が多く、今期達成の裏付けが弱いことが早期に見えるのです。この差分は「どの案件を優先して進めるか」を決める判断材料にもなります。
残存クォータ基準:途中経過をリアルに追う
期の途中では「残存クォータ基準」でカバレッジを見ると実務的です。計算式は「現時点のパイプライン ÷ (売上目標 − すでに確定した売上)」です。
例えば四半期目標1億円のうち、すでに3000万円売上が確定している場合、残り7000万円に対して現時点のパイプラインを割ります。これにより「あとどれだけ案件を積めば良いか」が明確になります。HubSpotなどのダッシュボードでも、この残存基準でのカバレッジ表示が用意されています。
さらに、過去実績をもとに「期首パイプライン ÷ 実績売上」で算出する“トレーリング倍率”も並行して追うと、より自社の実力に近い数値が得られます。これは「外部の3倍神話」よりも、実際の自社データに基づく倍率として、翌期の設計に使いやすい指標となります。
出典:Outreach「Sales Pipeline Coverage Ratio」
出典:Coefficient「How to Build and Track Weighted Sales Pipeline」
出典:Coefficient「HubSpot Quota Progress」
出典:Mainsail Partners「Measure Pipeline Health」
ダッシュボード運用と意思決定(“見る粒度”で精度が変わる)
スナップショットと時系列の二枚看板で管理
パイプラインカバレッジの運用では、「スナップショット」と「時系列推移」の両方をセットで見るのが効果的です。
スナップショット:今この瞬間の倍率。経営会議などで共通言語として使いやすい。
時系列推移:時間の経過によるパイプラインの増減。マーケティングやSDR、AEの連携状況を改善するのに役立つ。
例えば「今週追加された案件は多いが初期ステージ比率が高く、Weightedが伸びていない」という現象が見えれば、次週の施策やMQL基準の調整に直結します。
また、週次や月次で「基準日」を決めておくと、“自然増減”と“施策による積み増し”を区別できるため、どの打ち手が効いたのかを評価しやすくなります。
コミット/アップサイド/パントで色分けする
案件を「コミット(ほぼ確実)」「アップサイド(条件次第で入る)」「パント(期ズレを覚悟)」に色分けすると、同じ倍率でも実態の見え方が変わります。
たとえば未加重で3.2倍あっても、コミット+アップサイドのWeightedが2.0倍に届いていなければ、実際の達成確度は低いと判断できます。多くのSFAベンダーも、フォーキャスト運用ではWeightedをベースに「案件金額×確率の合計」を重視しており、色分けはその考えを補完するものです。
このように案件を層別化して眺めることで、営業リソースの配分や価格交渉の優先順位づけが的確に行えるようになります。
カバレッジ不足時の打ち手:源泉ごとに埋める
カバレッジが不足していると判明した場合、「不足分をどの源泉で埋めるか」を明確に分けて考える必要があります。
新規創出:ウェビナーや広告施策でリードを増やす。
既存拡張:QBRや利用状況分析を基にアップセル提案を行う。
再活性化:期ズレ案件の障害を除去して前倒しクロージングを狙う。
パートナー起点:ジョイントキャンペーンや紹介インセンティブを活用する。
SaaStrでも「景況悪化時には必要カバレッジが増える」と指摘されており、単に倍率を追うのではなく「源泉別にどの手段で積み増すか」をセットで考えるのが実務的です。
特に短期では、新規案件創出に頼りすぎると案件の質が下がるリスクがあるため、期ズレ案件の障害を潰して「クローズを前倒す」ことが即効性のある打ち手になります。
出典:HubSpot「Pipeline Coverage」
出典:Coefficient「Weighted Sales Pipeline」
出典:SaaStr「We Need 50% More Pipeline」
よくある誤解と落とし穴(“3倍神話”だけに頼らない)
「常に3倍あれば安心」という神話を疑う
営業現場では「パイプラインカバレッジは常に3倍あれば安全」という言葉がよく使われます。しかし実際には、勝率や商談サイクル、案件の種類によって最適倍率は大きく変わります。海外の営業支援企業Membrainも「3倍神話」を批判し、業界や商材によって必要なカバレッジは違うと指摘しています。
例えば勝率が20%しかない場合、理論的には5倍必要ですし、逆に既存顧客の更新案件で勝率が50%近いのであれば、2倍程度でも十分に回る可能性があります。つまり「3倍あれば大丈夫」という単純な話ではなく、自社のデータで勝率や期ズレを推定し、倍率を仮説として置いて検証し続けることが大切です。
よくある失敗例が「カバレッジは3倍あるのに、結局未達だった」というケースです。これは初期ステージ案件が多すぎたり、期ズレの見込み違いが原因で起こります。倍率を見て安心するのではなく、その中身の質まで見極めなければいけません。
パイプラインの鮮度・衛生状態が悪いと倍率が腐る
カバレッジの計算は、前提となる案件データが正しいことが条件です。ところが実務では、古い案件が放置されていたり、すでに失注しているのにクローズ処理されていなかったりといった“名ばかり案件”が多く残りがちです。これらが混ざると、未加重カバレッジが大きく膨らみ、実態を歪めてしまいます。
そのため、定期的に案件を棚卸しして「期内クローズ可能かどうか」を精査する必要があります。例えば「90日以上動きのない案件は削除候補」といったルールを決めたり、ステージ遷移の条件を厳格にして“動いている案件だけが残る”ようにするのが有効です。
短期的に見れば倍率が下がるかもしれませんが、それはむしろ「実態に近づいた」というサインです。鮮度を高めれば、不足分を新規創出やクロージング前倒しで埋めるといった打ち手を早く打てるようになります。
“倍率の質”を測る補助指標を併用する
単純な倍率だけでは精度が足りません。そのため、補助的な指標を併用して「倍率の質」を評価することが重要です。代表的には以下の三つです。
Weightedカバレッジ(ステージ加重版):案件の確度を反映させる。
ステージ分布:初期ステージが多すぎないかを可視化する。
トレーリング倍率(期首パイプライン ÷ 実績売上):過去データに基づく自社固有の必要倍率。
例えば未加重で3.5倍あっても、Weightedでは1.8倍しかない場合、「見込みは多いが確度が低い」というサインです。こうした差分を補助指標で把握すると、「どの案件を優先して進めるべきか」がクリアになります。
営業会議でも「単に数字が3倍あるから安心」ではなく、「Weightedとトレーリングを見たら不足している」という議論ができるようになり、根拠ある意思決定につながります。
出典:Membrain「Exploding the 3x Sales Pipeline Coverage Myth」
出典:Bigtincan「Pipeline Coverage」
出典:Coefficient「Sales Pipeline Coverage」
出典:InsightSquared「Why Sales Pipeline Coverage Metrics Are Bullshit」
まとめ:パイプラインカバレッジは“何倍”ではなく“根拠×運用”で決める
パイプラインカバレッジは「パイプライン ÷ 売上目標」で求めるシンプルな指標です。一般的には3〜4倍が目安とされますが、実際には勝率や商談期間、案件の種類、さらには期ズレの有無によって最適な倍率は動きます。
未加重カバレッジは“量の充足度”を、ステージ加重カバレッジは“達成確度”を示します。さらに、スナップショットと時系列の両方を追い、コミット/アップサイド/パントで層別化することで、より精度の高い意思決定が可能になります。
また、単に「3倍あるから安心」とするのではなく、Weightedやトレーリング倍率といった補助指標を組み合わせ、常に“倍率の質”を点検することが必要です。不足が見えた場合は、新規創出・既存拡張・再活性化・パートナーといった源泉ごとに役割を分担し、現実的な打ち手で埋めていくことが成功の鍵です。
要するに、パイプラインカバレッジは“神話的な固定倍率”で考えるものではなく、自社データをベースにした“根拠ある運用設計”の結果として決まるものです。この視点を持てば、案件創出と予算達成の両立が実現しやすくなり、営業活動全体がより再現性を持って回るようになります。
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